核は強い。親方の「砥の粉の色は、家ごとに合わせろ。新しすぎる色は、その家の他の家具と喧嘩する」。納める座敷で白すぎる箪笥だけが浮いていたという発見。隠し箱の手紙を開けずに渡す作法。焼け焦げを残すか消すかを施主と相談する仕事。この四点で一本立つ。問題は、書き手がその核を信用せず、木が語りかけ、木目が記憶し、湯気が静かに立つといった既製の叙情でくるんでしまい、最終段で全部を解説して回収していることだ。とりわけ惜しいのは、砥の粉という具体物を出しておきながら、それを「どう調合したか」という職人の手つきが一度も書かれていないこと。職業エッセイは、職業の手つきで嘘をつくと全部が嘘に見える。
「あの砥の粉の色が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日も工房では、湯が静かに湯気を立てている。」
成長譚の判子を自分で押して終わっています。「私をいまの私にしてくれた」は、どの起源神話エッセイの末尾にも貼れる汎用シールで、ハナブササカエである必然がない。湯気の静物画で締めるのも余韻の偽装です。読者に渡すべき余白を、作者が先に埋めてしまっている。しかも語尾は「のだと思う」。四十二年やってきた人間が、自分の転機を「思う」で逃げてはいけない。
「桐の白い肌に鉋をかけると、しゅるしゅると薄い屑が出てきて、その下から、まるで木が語りかけてくるような新しい面が現れる。」
木が語りかけてくる、は手垢のついた擬人化です。同じ病は末尾近くの「箪笥は、その家の歴史を、木目の奥に静かに記憶しているのだと思う」にも出ている。木は語らないし記憶もしない。記憶しているのは引き出しの滑りであり、底に沁みた樟脳であり、金具の緩み方です。この職人が本当に四十二年削ってきたなら、鉋屑から出てくるのは詩ではなく、削り音の高さで木の乾き具合がわかる、といった手の知識のはずです。雰囲気が人物より先に立っている。
「続けてしまったのだと思う。」「初めて任された。(中略)頃だったと思う。」「木目の奥に静かに記憶しているのだと思う。」
職人は手で断定する人間です。色が合うか合わないか、削りが足りるか足りないかを、迷わず指で決める。その人物の回想が「〜と思う」で何度も逃げるのは、若い日の自信のなさの描写ではなく、断言を避ける作者の保険に見える。とくに転機の場面まで「思う」で霞ませると、いちばん効くべき一日がぼやけます。
「私は張り切って、砥の粉をできるだけ薄く溶き、桐がいちばん明るく見える色に仕上げた。」
「砥の粉をできるだけ薄く溶き」は概念であって観察ではない。色を合わせるのが主題なら、砥の粉をどう色づけるのか——焼いた粉を混ぜるのか、弁柄や墨を一摘み足すのか、何で「枯らす」のか——が一行も書かれていないのは致命的です。この職人の手の中にある具体(粉の番手、水との割合、刷毛か布か)が出てこないので、クライマックスの「白すぎた」も、言葉だけの失敗に見える。色をどう作るかが書けていないので、色が浮いた話に説得力が乗らない。
「預かるとき、引き出しを一段ずつ抜いてみると、滑りの具合で、その箪笥が置かれていた部屋の湿り気がわかる。」
冒頭でこんなに良い装置を出しているのに、本編で一度も使われません。引き出しの滑りで湿気を読む手は、座敷の色を読む目とまっすぐつながっているはずで、転機の家の箪笥が「どんな滑りだったか」を一行入れるだけで、観察者になる必然が生まれる。せっかくの最良の道具を、つかみで見せただけで放置している。
「直すというのは、新品に戻すことではなかったのだ。」「洗い替えで戻ってくるのは、新品ではない。その家の箪笥の、きれいな姿だ。」
同じことを二度、抽象語で言い直しています。前者がぎりぎり許せるなら、後者は完全に解説文です。納める座敷で白い箪笥が浮いていたという場面が、すでに全部を見せている。主題を主題文として書いた瞬間、それはエッセイではなく要約になる。親方の一言と、浮いた箪笥の絵に語らせ、書き手は黙るべきところです。
「それが面白くて、続けてしまったのだと思う。」
この一文は、宮大工の回想にも、和菓子職人の回想にも、そのまま置ける汎用文です。何が面白かったのか——屑の薄さか、白い面の匂いか、会社を辞めた自分の手が初めて役に立った感触か——を書かなければ、続けた理由は存在しないのと同じ。伝統工芸を「面白い」「奥が深い」で語った瞬間、人物は消えて讃歌だけが残ります。
残すべきは四つ。親方の「家ごとに色を合わせろ/新しすぎる色は喧嘩する」、納める座敷で白すぎた箪笥、隠し箱を開けずに渡す作法、焼け跡を残すと言った施主の話。削るべきは、語りかける木と記憶する木目、「〜と思う」の留保、新品ではないと二度言う解説、面白くて続けたという讃歌。改稿では、砥の粉に何を混ぜて「枯らす」のかを一行で具体に落とし、冒頭で出した「引き出しの滑りで湿気を読む」手を転機の家でもう一度使ってください。意味は手つきが運ぶ。説明が運ぶのではない。