ハナワキョウコ(57歳・理容店二代目)
理容店の客というのは、不思議と家系で続いていくものだ。父の頭を刈り、息子の頭を刈り、やがて孫の初めての散髪に立ち会う。三十五年もこの椅子の後ろに立っていると、一つの家の三代と、知らず知らずのうちに付き合っていることになる。鋏の音が静かに響く店のなかで、私はそういう時間の流れを、ずっと見つめてきたように思う。
常連が、ある月からふっと来なくなる。第三土曜の朝いちばんに三十年来ていた人が、来ない。次の月も来ない。そういうとき、しばらくして、見覚えのない若い人が戸を開けることがある。「父がいつもお世話になりました」。そう言われて、私は初めて知るのだ。あの人がもういないことを。訃報は、たいてい息子の来店という形で、後から私のところへ届く。
そういう挨拶を受けたとき、どう返すのがいいのか、三十五年やっても、いまだに分からない。お悔やみを言いすぎても重い。軽く流せば薄情だ。私はたいてい、「長いことありがとうございました」と、お父さんではなく、過ぎた時間のほうに頭を下げる。それくらいしか、できることがない。
うちには家族割引なんてものはない。けれど「いつもの」は、ちゃんと引き継がれていく。成人した息子さんが椅子に座って、「父と同じで」と言うことがある。横と後ろは二番、上は鋏。私はそれを、もう手が覚えている。亡くなったお父さんの「いつもの」を、息子さんの頭で、もう一度なぞる。血というのは、注文のなかにも流れているのかもしれない、とそんなふうに思ったりする。
逆に、初めて孫を連れてくる日もある。「この子の初めての散髪は、ぜひこちらで」。そう言って、おじいちゃんが小さな男の子の手を引いてくる。うちはそういう家の習いを、何軒も預かっている。最初の髪はうちで、と決めている家だ。子ども用の補助板を椅子に渡して、その上にちょこんと座らせる。足はぶらぶらして、床には届かない。
初めての散髪では、刈った毛を少しだけ、薄い包み紙にくるんでお渡しする。記念に、という昔からの習慣だ。バリカンを当てると、たいていの子は泣く。泣きながら刈り上がった頭を、おじいちゃんが目を細めて見ている。その目を見ていると、ああ、この人もいつか、息子さんに連れられて来た日があったのだろうな、と思えてくる。
待合の漫画も、何年かに一度入れ替える。ずっと同じものを置いていると、子どもが飽きるからだ。けれど、棚の漫画を入れ替えるたびに、前にこれを読んでいた子が、もう大人になって「父と同じで」と座っていることに気づく。漫画の世代交代と、客の世代交代が、店の隅でひっそり重なっている。
三代の頭を刈っていると、形が似ていることに驚く。つむじの巻き、生えぎわの角、頭の丸み。顔は似ていなくても、頭の形だけは、はっきり受け継がれている。本人たちはそんなこと知らない。毎日鏡を見ても、自分の頭のてっぺんなんて見えないからだ。三代の頭が似ていることを、たぶん私の鋏だけが知っている。
父の頭を刈り、息子の頭を刈り、孫のバリカンデビューに立ち会う。私はこの椅子の後ろで、一つの家の時間そのものを刈り続けてきたのだ。鋏は、ただの道具ではない。それは家系の記憶を、世代から世代へと継いでいく、静かな証人なのだと、いまでは思う。今日も補助板の上で泣く子の毛を包みながら、私は次の三代を待っている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。