辛口レビュー
——「移設の、柱」第一稿について

核は強い。新旧二本の柱が並んで立つ仮配線の期間、夜中の数分で町の一区画が「住所を移す」切り替え、抜いた柱の根元が思いのほか深いこと、そして番号札を外しながら柱が町の名簿から消えるのを見ること。この四点だけでこの人にしか書けない一本が立つ。問題は、書き手がその四点を信用しきれず、柱を擬人化した叙情でくるみ、最終段で「ぜんぶ私の仕事なのだ」と主題を自分で言い切って回収してしまっていることだ。架線工の手つきは細部に出ているのに、感情の語り口がそれを上から塗り直している。職業エッセイは、職業の事実が強いほど、添えた叙情が安っぽく見える。

1. 柱を擬人化する既製の郷愁

「道路の拡幅が決まると、いつも見慣れた通りが、すこし寂しい顔をするように思えた。」「柱にも、別れというものがあるのかもしれない。」

柱に寂しさや別れを背負わせるのは、消えゆくものを惜しむ叙情の常套で、どんな撤去の話にも貼れる既製の感傷です。この書き手の強みは、柱を「町の名簿に番号で登録された物件」として扱える、戸籍係のような視点のはず。柱が「寂しい顔」をした瞬間に、その専門の目が消え、誰でも書ける通俗に落ちます。感傷は事実の側に語らせること。深い根元と消える番号が、すでに別れを言っています。

2. 留保語尾が職業の断定とぶつかる

「柱にも、別れというものがあるのかもしれない。」「そんな途中の家のように見えた。」「皮肉な巡り合わせだと言う者もいるが」「私はその一番近くにいるのだろう。」

工程会議で日程を突き合わせ、深夜の数分で切り替えを決行する人間の語りが、「かもしれない」「だろう」「のように見えた」で揺れているのは不自然です。前二作の語り手は弛度や三点支持を断定で語っていた。ここでだけ保険をかけるのは、人物の心理ではなく、言い切りを避ける作者の癖が出ています。とくに結びの「いるのだろう」は、二十二年やった当人が自分の居場所を推量するのはおかしい。

3. 最終段の主題解説・自己赦し

「線を張る仕事だと思って入ったが、二十二年やってみれば、柱の引っ越しも、柱の見送りも、ぜんぶ私の仕事なのだ。」

エッセイの主題を、主題文としてそのまま書いてしまっています。「ぜんぶ私の仕事なのだ」は、前作の結び「つなぐのが俺の仕事なのだ」と同じ型の自己確認で、すでに改稿で削った欠点を再演している。番号札を外す手と、トラックを見送る目が、もう「これも自分の仕事だ」と言っている。それを抽象語で言い直すほど、せっかくの動作の値打ちが下がります。

4. 無電柱化の「皮肉」を語り手が解説してしまう

「皮肉な巡り合わせだと言う者もいるが、私はそれを、ただの仕事として淡々とやる。」

依頼の核心は「柱の職人が柱を無くす皮肉を、感傷にせず事実として」書くことのはず。ところがここでは「皮肉」という評価語を語り手自身が口に出し、しかも「ただの仕事として淡々とやる」と淡々ぶりまで宣言している。淡々としていることは、言うのではなく、動作で示すもの。自分が建てた柱を自分で抜く——その手順を一つ事実で書けば、皮肉という語は要りません。語ると、淡々が嘘になる。

5. 抜柱と埋め戻しが概念で流れている

「重機で吊り上げると、長い根元が土の中から現れる。」「その穴を土で埋め戻し、突き固めて、何ごともなかったように均す。」

「長い根元」「何ごともなかったように」は観察ではなく要約です。実際に抜いた人間なら、根入れが柱の丈のおよそ何分の一か(一般に全長の六分の一前後)、根元に湿った土や錆や古い添架金具が残っていたか、穴から水が滲んだか、埋め戻しを何層に分けて締めたか——そのうち一つが出るはず。「何ごともなかったように均す」は、むしろ何ごともあったことを薄める表現で、消えた柱の痕跡を書く絶好の場所を平らにしてしまっています。

6. 切り替えの「数分」を外から眺めている

「その数分で、町の一区画の通信が、古い柱から新しい柱へ、住所を移す。」

「住所を移す」という比喩は良い。だが肝心の数分の中で、語り手の手が何をしたのかが空白です。並走させた線のどちらを先に外したのか、外す前に何を確認したのか、無線の合図から完了までを心の中で秒で数えていたのか(前作では素手の時間を秒で数えていた)。比喩で締めて、当人の手の作業を飛ばしている。住所を移すのは比喩の側ではなく、語り手の指のはずです。

7. どの撤去エッセイにも置ける汎用文

「町の上の細い線の網は、こうして少しずつ姿を変えていく。その変わり目に、いつも私たち架線工が立っている。」

この二文は、橋でも踏切でも公衆電話でも、撤去や更新を扱う回想の末尾にそのまま置けます。「少しずつ姿を変えていく」「その変わり目に立っている」は、具体を一つも含まない総括で、生成された“まとめ”の典型。前二作の結び(線が張った一瞬、雪の夜の風)が具体物で終わっていたのに比べ、ここだけ抽象へ逃げています。締めは、見送ったトラックか、消えた番号か、埋め戻した穴の手触りで終わるべきです。

総括——残すべき核

残すべきは四つ。新旧二本が並ぶ仮配線の途中、深夜の数分の切り替え、思いのほか深い根入れと埋め戻し、番号札を外して台帳から柱が消えること。削るべきは、柱の擬人化と「寂しい顔」「別れ」の郷愁、留保語尾、最終段の「ぜんぶ私の仕事なのだ」という主題解説、そして「皮肉」「淡々と」という評価語の直叙。改稿では、無電柱化のくだりは皮肉という語を使わず、自分が建てた柱を自分で抜く手順を一つだけ事実で書いてください。切り替えの数分は、比喩ではなく語り手の指の動作で。意味は動作と番号が運ぶ。語り手の感想が運ぶのではない。

← 第一稿
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの辛口レビューはAIによる独立の読者視点として生成されました。