移設の、柱
道路が広がる年、柱を引っ越しさせた

ハツシバナオ(44歳・電柱の架線工22年)

二十二の年に通信工事の会社に入った。電柱に昇って通信線を張る仕事だ。線を張るだけではない。柱そのものを動かす仕事もある。道路を広げるとき、その場所に立っている柱を、どこかへ退かさなければならないのだ。

道路の拡幅が決まると、いつも見慣れた通りが、すこし寂しい顔をするように思えた。長いあいだ町を見下ろしてきた柱が、もうここにはいられなくなる。柱にも、別れというものがあるのかもしれない。けれど私たちの仕事は、感傷に浸ることではなく、その柱を新しい場所へ滞りなく引っ越しさせることだ。

柱は、いきなり抜いて新しい場所に挿すわけにはいかない。まず新しい柱を、退かす先に先に建てる。だから移設のあいだ、新旧二本の柱が、すぐ近くにしばらく並んで立つことになる。古い柱から新しい柱へ、線を一本ずつ渡していく仮配線の期間だ。二本並んだ柱を見上げると、引っ越し先にもう荷物を運び入れているのに、まだ古い家にも荷が残っている、そんな途中の家のように見えた。

一本の柱には、私たちの通信線だけが張られているわけではない。いちばん上に電力の線、その下に何社かの通信線が、層になって架かっている。これを共架という。だから柱を一本動かすには、その柱に間借りしている全部の会社の都合を合わせなければならない。誰がいつ自分の線を移すか。電力が先か、通信が先か。工程会議という打ち合わせの席で、各社の担当が日程の表を突き合わせ、何度も線を引き直す。柱の上に昇る前に、会議室で半日が終わることもある。

移設でいちばん神経を使うのは、線を新しい柱へ切り替える、その瞬間だ。通信は止められない。誰かの電話が、誰かのデータが、その線をいま流れている。だから古い線と新しい線をいったん並走させておき、流れを切らさないまま、つなぎを新しいほうへ移す。実際に旧から新へ切り替わるのは、夜中の、人の使わない数分だ。深夜の通りで、私は柱の上にいて、無線の合図を待つ。「切り替え、どうぞ」。その数分で、町の一区画の通信が、古い柱から新しい柱へ、住所を移す。

線がすべて新しい柱へ移ると、古い柱は役目を終える。残るのは抜柱、柱を地面から抜く作業だ。地上に見えているのは柱の丈の一部で、根元は思いのほか深く土に埋まっている。数十年ものあいだ、台風にも雪にも倒れずに立っていられたのは、見えない深さがあったからだ。重機で吊り上げると、長い根元が土の中から現れる。抜いたあとには、柱の太さの穴が、ぽっかりと残る。その穴を土で埋め戻し、突き固めて、何ごともなかったように均す。

柱には一本ずつ番号の札がついている。どの柱がどこに立っていて、誰の線が何本架かっているか。札の番号は、いわば柱の戸籍だ。移設をしたら、その戸籍を書き換えなければならない。新しい柱に番号札を付け替え、図面の上の柱の位置を直す。古い柱の番号は、台帳から消える。柱が一本、町の名簿から名前を消されるのを、私は札を外しながら見ていた。

近ごろは、柱そのものを無くしてしまう工事もある。無電柱化という。線を地下に埋め、通りから柱を一掃する。その工事を請け負うのも、柱に昇ってきた私たちだ。自分たちが何十年も建て、昇り、守ってきた柱を、自分たちの手で抜いていく。皮肉な巡り合わせだと言う者もいるが、私はそれを、ただの仕事として淡々とやる。抜いた柱を積んだトラックが、広くなった通りを走り去っていくのを、私はいつも見送ってしまう。

柱を動かすのも、無くすのも、つなぐのと同じ私の仕事だ。線を張る仕事だと思って入ったが、二十二年やってみれば、柱の引っ越しも、柱の見送りも、ぜんぶ私の仕事なのだ。町の上の細い線の網は、こうして少しずつ姿を変えていく。その変わり目に、いつも私たち架線工が立っている。柱が立つときも、退くときも、消えるときも、私はその一番近くにいるのだろう。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。