衣替えの、列(第二稿)
六月と十月、季節の変わり目のクリーニング店

ヒジカタアン(53歳・クリーニングのシミ抜き職人31年)

六月の朝、戸の前に列ができる。冬物を抱えた人たちだ。腕に積み上げたコートの上に顎を乗せ、片手でマフラーがずり落ちるのを押さえ、肩で戸を押して入ってくる。台に置かれるのは、ウールの匂いのする重なりだ。十月になれば、同じ列が薄手のものに変わる。一年に二度、この戸の前は混む。

列に多いのは、預かりだ。冬物のコートを、夏のあいだ店で持っていてほしい、という。家の箪笥は、梅雨に湿気がこもる。湿気は黴を呼び、汗の残りを酸化させる。だから店の倉庫で預かる。庫内は十八度、湿度は六割を超えさせない。入ると頬が乾くのが分かる。預かり票に名前と点数を書き、コートにタグを打つ。涼しくなった頃、客は番号と引き換えに取りに来る。

夏を越して戻ってくる白いシャツが、黄ばんでいることがある。預かったときは白かった。客は「しまう前に洗ったのに」と言う。洗ったのは本当だろう。だが、皮脂や汗は、付いた直後には色がない。色がないまま繊維の奥に残って、夏の暑さと時間にあぶられ、ゆっくり酸化する。秋に出したとき、初めて茶色く浮いてくる。見えないシミ、と私は呼んでいる。

だから、着終わった服はすぐ出してほしい。汗をかいた一着を一夏しまえば、見えなかったシミが必ず焼きつく。そう言いたいが、面と向かって説教はできない。「次は、シーズンの終わりにお出しいただけると、もっときれいに保てます」。本音を、店の言い方に直して渡す。

家の洗濯に失敗して駆け込む人もいる。一番多いのは、縮んだセーターだ。広げると、両肩を引いても元の幅まで開かない。手のひらで押し戻すと、繊維が反発して、湯と摩擦で詰まったのが分かる。一度詰まったものは、もとの寸法までは戻らない。薬剤に浸して繊維をゆるめ、当て布をして引くが、戻せて二センチだ。背丈で四十八が、四十六まで。「ここまでです」と返す。

色移りのシャツもよく来る。白地に紺が雲のように滲んでいる。判断は、移ってからの時間でつく。前の晩に濡れたまま重ねたものなら、色素はまだ水性で表面にいる。叩けば動く。だが洗って乾かして数日経っていれば、色は繊維と結びついて、抜こうとすれば白地のほうが先に薄くなる。一晩前か、数日前か。その境目を、滲みの縁の固さで見る。落ちるか落ちないかを決めるのは私ではない。色の種類と、移ってからの時間だ。

預かりを返すとき、防虫剤の入れ方を聞かれる。固形のものを服に直接当てる人が多い。あれは気化して下へ降りるから、引き出しなら一番上に、吊るすなら肩の高さに置く。種類の違うものを混ぜると、溶けて生地に染みをつくる。預かり票を渡しながら、それだけ言う。来年も、いい状態で持ってきてほしいからだ。

同じコートが、毎年同じ時期に来る。タグに通し番号と日付を打ってあるから、履歴で分かる。この紺のカシミヤは、六年前から毎年六月、第二週に来る。客の衣替えは、暦より正確だ。今年もタグを読み、去年と同じ番号の下に、今年の日付を足す。台の上には、次の冬物を抱えた客が、もう列の先頭で待っている。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。