セリの、指
見習いを終えて初めてセリで指を立てた朝

ヒラノソウイチ(67歳・市場仲卸45年)

朝の三時に起きる暮らしを、四十五年続けてきた。仲卸という商売は、競り場で魚を競り落として、店の客に分けて売る。早起きが偉いわけじゃない。早く起きないと、いい魚に間に合わないというだけのことだ。目が覚めるより先に、足が玄関へ向かっている。そういう体になってしまった。

セリ場では、声で値段を言わない。指で言う。手やり、という。手の形で数字を示す符牒で、一は人差し指、二は人差し指と中指、五は手をぱっと開く。それを胸の前で、競り人にだけ見えるように出す。隣の男にいくらで競っているか、なるべく悟られないように出す。声に出してしまえば全員に筒抜けだから、指で言うのだ。

初めてセリ場に立ったのは、昭和五十六年の春だった。見習いを三年やって、ようやく親方が「もう出していい」と言った。その朝も、いつものように朝靄の立ちこめる市場に活気が満ちていて、長靴の底はもう水で濡れていたと思う。ターレが通路を走り抜けていく音がして、発泡スチロールの箱に詰めた氷が、あちこちで光っていた。

競り人が台の上に立って、節をつけて値を読み上げていく。あの独特の、歌うような声だ。鯛の箱が出た。私は心臓が口から出そうだった。三年見てきたはずなのに、いざ自分が買う側になると、指がどう動くのか分からなくなった。みんなの指が、競り人に向かって、いっせいに花が咲くみたいに開いた。

私も出した。出した瞬間に、手首を掴まれた。隣の親方だった。私は二千円のつもりで指を出したのに、桁をひとつ間違えて、二万円の手やりを出しかけていた。親方は競り人に見えないように、私の手をぐっと下げた。何も言わなかった。ただ、私の手首の骨が鳴るくらい、強く握っていた。

セリが一段落してから、親方が短く言った。「指は口より早い。けど、口より取り消せねえ」。指は出した瞬間に値段になる。声なら「いや今のは違う」と言えるが、競り人が指を見て手を打ったら、もう買ったことになる。あとで「間違えました」は通らない。あの朝、もし親方が掴んでくれなかったら、私は二万円で鯛を一箱、背負わされていた。たぶんそういうことだったのだろう。

その日から、私はセリ場の指を見るようになった。買う指、引く指、見栄を張る指、本当に欲しい男の指。欲しい魚があるとき、人の指は、ほんの少しだけ早く動く。出すまいと思っても、指のほうが先に欲を漏らす。私は札を受け取って魚を引き取りながら、いつも誰かの指を盗み見ていた。四十五年、ずっとそうしてきた。

いまは電子セリというものが入ってきて、ボタンを押すと数字が画面に出る。手やりを使う場所は、年々減っている。指で語る世界は、たぶんもう長くは残らないのかもしれない。それでも、魚河岸の符牒は妙にしぶとくて、若い衆がいまだに人差し指を立てているのを見ると、少しほっとする自分がいる。

あの春の朝、親方に手首を掴まれた瞬間から、私はずっと指の観察者だった。声ではなく指を信じ、指の正直さに賭けてきた。あの指の世界が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。市場は今日も三時に動き出し、誰かの指が、今日も誰かより少しだけ早く動いている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。