正月の、市場(第二稿)
年末の二日で町の正月が通り過ぎる

ヒラノソウイチ(67歳・市場仲卸45年)

十二月二十九日の朝、まず通路が狭くなる。数の子の樽が、店の前の通路に列を作って、台車が通れない。塩を利かせた黄色い卵の塊が、木の樽にみっしり詰まって、年末の三日だけ床に並ぶ。普段はこんな樽を置く場所がない。塩を払う手は、二十九日にはもうあかぎれが切れて、しみる。

ブリの値は、十二月に入ると坂を上る。頭の一本三千円が、二十日で五千円、二十九日で七千円、三十日の朝で八千円。同じ大きさの、同じ脂の一本が、三週間で値を倍にする。三十日がてっぺんだ。買い手はそれを承知で来る。「正月だから」と言って、八千円のブリの前で財布を出す。値切らない。値切らないのが、年末の手だ。普段なら五千円でも渋る客が、この朝だけは黙って手を打つ。

四十五年で、ブリを背負う背中が消えた。昔は、丸ごと一本を新聞紙に巻いて、肩に担いで帰る客がいた。担いだ背中が、魚の重みで少し沈んでいた。台所で家の者がさばいて、頭は粗汁、身は照り焼きにする家だった。「頭はいるか」と聞くと、必ず「いる」と返ってきた。いまは、その「いる」が「いらない」に変わった。切り身を受け取る客の手は、軽い。背中は沈まない。

それでも、年末には一年に二日だけの顔が来る。普段は来ない客が、二十九日か三十日に顔を出す。去年は二本買った家が、今年は一本だけ買って帰った。痩せた手だった。何があったとは聞かない。喪中の葉書を受け取ったように、私はその一本を新聞紙に巻いて、いつもより丁寧に縛った。

三十一日の昼で、年内の市場は閉まる。それから三日、休む。一度だけ、元日に忘れ物を取りに市場へ行った。誰もいない競り場は、体育館のように見えた。あれだけ魚と人と氷で埋まっていた床が、がらんとして、天井がやけに高い。長靴の足音が、自分のものだけ響いた。二日前の、台車が通れなかった通路と、同じ床だとは思えなかった。

年が明けると、初競りがある。マグロの大物に、十倍、二十倍の札が出る。ご祝儀相場だ。手締めの音が競り場に鳴る。だが私は、その音より、落ちた一本の行き先を見ている。あの値で買ったのは、駅前の寿司屋だ。あの値で仕入れて、店は赤を覚悟で正月の客に握る。看板の値だ。誰も儲けない値が、年の初めに一本だけ立つ。それが過ぎると、一月の市場は、潮が引いたように静かになる。

年末は、長靴のまま年を越す。三十一日の片づけをしていると、どこかの寺の除夜の鐘が、市場の屋根を越えて届く。一つ、また一つ。手を動かしながら、私はそれを数える。百八まで数えたためしはない。途中で、明日の荷の段取りに頭が移って、鐘はいつのまにか聞こえなくなっている。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。