新築の、予防
まだ誰も住まない家の床下で

ヒラサワダン(52歳・シロアリ防除30年)

私の仕事のほとんどは、すでに食われた家を診ることだ。床下に潜り、土台を食う虫の道を探す。けれど年に何度か、まだ誰も住んでいない家へ呼ばれる。被害もない、虫の影もない、新しい木の匂いだけがする家。新築の、予防処理だ。被害の家とは何もかもが対照的で、その静けさに、私はいつも少しだけ心を打たれる。

新築の予防には、決まった出番がある。基礎ができ、土台が据わり、柱が立つ。その上棟の前後の、限られた数日。壁が張られてしまえば、土台にも柱の下部にも、もう手が届かない。だから私は、家がいちばん無防備に骨組みをさらしているそのわずかな時間に、薬剤を運び込む。土台の木材と、柱の地面に近い下部。シロアリが最初に取りつく場所へ、先回りして膜を張っておく。見えない守りを、家のいちばん下にあらかじめ仕込んでおくのだ。

難しいのは、段取りだ。新築の現場は、大工の工程が分刻みで決まっている。配管屋が入り、電気屋が入り、その合間を縫って私が割り込む。割り込ませてもらう、と言ったほうが正しいかもしれない。工務店の監督と何度も電話で日取りを詰める。雨の日は薬剤がうまく乗らないから、前の晩に空を見て、降りそうなら延期の連絡を回す。私の都合だけでは一日も動かせない。家を建てるたくさんの手の、その隙間に、私の仕事はある。

更地の段階から呼ばれることもある。家が建つ前の、まだ土がむき出しの地面に、薬剤を撒いて層をつくる。土壌処理という。これがいちばん、人に見えない仕事かもしれない。処理が終われば、その上にコンクリートが打たれ、家が建ち、二度と誰の目にも触れない。だから私は、撒く前と撒いた後の地面を、必ず写真に撮っておく。やった証は、もう写真の中にしか残らないのだから。

処理を終えると、家主に保証書を渡す。たいていは五年保証だ。薬剤の効きには年限がある。土の中の薬は、年月とともに少しずつ薄まっていく。だから五年たったら、もう一度床下に潜って、効きが切れる前に処理をし直す。保証書というのは、その再処理の周期を約束する紙でもある。私は家主に、五年後にまた伺いますから、と告げる。まだ表札も出していない家の前で、五年後の約束をするのは、少し不思議な気持ちがするものだ。

新築の現場で、私が口を出すことがひとつある。点検口の位置だ。将来この家の床下に潜る人間が、楽に潜れるかどうかは、点検口をどこに開けるかでほとんど決まる。設計士は意匠を考え、家主は使い勝手を考える。誰も、十年後に匍匐前進で潜る人間のことは考えない。だから私が言う。台所の下より、洗面所の下のほうがいい。配管が集まる水回りの近くに、ひとつ開けておいてください、と。三十年潜ってきた体だけが知っている助言だ。

被害の家の床下は、湿っていて、土が冷たく、どこかにあの蟻道の土の管が走っている。けれど新築の床下は、まるで違う。乾いていて、削りたての木の匂いが満ちていて、まだ何も起きていない。虫の影も、食われた音もない。叩けばどの柱も、詰まった音で返す。私はその、何も起きていない床下が好きだ。ここに来る虫を、私はこれから何年も先回りして防ぐのだ。

家が完成すると、見学会が開かれることがある。真新しい床に、家族連れが上がり、明るい部屋を見て回る。誰も床下のことは話さない。土台に膜が張ってあることも、地面の下に薬剤の層があることも、知らない。それでいい。気づかれないのが、予防なのだ。被害が出てから呼ばれる仕事と違って、予防は、何も起こさないことが成果だ。何も起こらなければ、誰も私を思い出さない。私の三十年は、半分はそういう、思い出されない仕事でできている。今日もどこかの新しい床下で、誰にも気づかれない膜が、静かに家を守っているのだろう。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。