二月の第二週。来年度の予算の内示が出た。研究支援課の波多野ひよりは、課の業務改善の予算で書類スキャナーを一台買う手続きをしている。学務課の梶田は、一月の報告書のあと時間割の担当を外れて、夕方になるとよく研究支援課に来る。
ひより、カウンターでスキャナーの見積書に付箋を貼っている。梶田が覗き込む。
梶田スキャナー、四十八万
ひより本体は十二万。残りは「付属品一式」
梶田付属品が本体の三倍
ひより読み取りのサービスの、三年分の利用権。それが欲しいの。でも、うちの予算の費目に「利用料」がない。物なら買える
梶田だからスキャナーを買う
ひよりスキャナーに付いてくる、ことにする
梶田ずるくない?
ひより会計に確認した。物品の付属品なら、いいって
カウンターに、布の手提げを提げた四階の先生が来る。見積書の束を持っている。
先生すみません、計算機の購入の件で
ひよりはい
先生本体と、付属品で、クラウドの利用券が三年分。……あ、同じことしてますね
ひよりしてます
先生昔、おまけが欲しくて漫画の雑誌を買ってたでしょう。カードが付いてくるやつ。本誌は読まないで、おまけだけ取る
ひより買ってないです
梶田弟が。毎月
先生今の研究費は、あれです。本誌は計算機で、欲しいのは付録のほう
先生来年度も、削られましたよね
ひより一パーセントです。毎年
先生一パーセントなら、と毎年思うんですよ
ひより二十年続くと、八割です。十八パーセント減ります
梶田計算速い
ひより前に表にした
先生うちの研究室の計算機は、学生が九人で、一台。夜中に順番待ちの表を作ってる。紙で、扉に貼って
ひより紙で
先生扉に貼ると、誰が横入りしたか、みんなに分かるので
先生、見積書にひよりの付箋が貼られるのを待って、帰っていく。梶田、飴の缶から一つ取る。
午後六時。書庫の前の机に、スキャナーが一台。古い精算の綴りが、年度ごとに積んである。ひよりが一冊ずつ外して、紙を流す。梶田が隣で、終わった綴りを紐で綴じ直している。
梶田何冊あるの
ひより二〇〇三年度から去年までで、二十三年分。二百十四冊
梶田全部読ませるの
ひより過去の精算を全部入れると、どこで合わなくなりやすいかが分かる。合わなかった行と、それを誰が見たかを並べる
梶田誰が見たか、って、判子でしょ
ひより判子を、読ませてる。名前も、日付も、どの欄に押したかも
梶田杉浦さんの判子、何個出てきた
ひよりまだ途中。今、三万一千
梶田三万
スキャナーが止まる。画面に「原稿の厚みを検知しました」。
ひよりまた重送
梶田ホチキス?
ひより……違う
ひより、スキャナーの口から紙の束を抜く。精算書が二枚、そのあいだに茶色の封筒が一つ、のりで貼りついている。
梶田封筒
ひより二〇〇三年度の三月。立替金の精算書
梶田表に何か書いてある
ひより「返金 一万円」。それと、名前
梶田誰
ひより四階の先生。さっきの
ひより、封筒の口を見る。のりで閉じてある。光に透かす。
梶田開けるの
ひより開けない。……でも、入ってる。お札の形
梶田二十二年前のお札
ひより精算書。仮払い一万円、使用額ゼロ、返金一万円。受付の欄が、空いてる
梶田誰も受け取ってない
ひより受け取ってないのに、綴じてある
ひより、同じ綴りの最後のほうをめくる。小口現金の出納帳の写し。年度末の行で指が止まる。
ひより年度末の残高。「不足 一〇、〇〇〇円 原因不明」。確認の判
梶田杉浦さん?
ひより杉浦さん
梶田、紐を持ったまま動かない。スキャナーのファンの音だけがしている。
梶田これ、合ってたってこと? ずっと
ひよりお金は、ずっとここにあった。金庫じゃなくて、綴りに
梶田二十二年
ひよりスキャナーが止まったのは、午後七時十二分。見たのは、私と梶田くん
梶田それも残すの
ひより残す
翌朝七時半。研究支援課は、まだ杉浦しかいない。ひより、封筒と精算書を入れたクリアファイルを、杉浦の机に置く。
ひよりおはようございます。二〇〇三年度の綴りに、挟まってました
杉浦……
杉浦、老眼鏡をかけて、表書きを読む。精算書を読む。出納帳の写しを読む。それぞれ、一度ずつ。
ひより出納帳の年度末に、不足一万円。同じ年度の三月の精算書に、返金一万円。受付の欄は空いてます
杉浦これを見たのは、誰になりますか
ひよりスキャナーが止めて、私と、梶田くんが見ました。昨日の午後七時十二分。記録に残ってます
杉浦そうですか
ひより四階の先生に、返しに行きます
杉浦私が、預かります
ひより……じゃあ、受領票を
ひより、用紙を出す。杉浦、判を押す。左下に体重をかけ、それから全体を押す。印影の左下の点が、一つ欠けている。
ひより判子、欠けてます
杉浦知っています
杉浦、クリアファイルを机の引き出しに入れる。鍵はかけない。ひより、受領票を持って自分の席に戻り、入力する。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。