一万円からは、紙で(第二稿)
研究支援課、十月の木曜、午後四時四十分(新人篇)

大学の事務棟二階、研究支援課。四月に入った波多野ひより(二十三)は、外部資金係で立替払いの精算を受けている。カウンターの奥の席に、来年の三月で終わる杉浦がいる。学務課の同期・梶田が、穴あけパンチを借りに来る。

九十八パーセント

梶田、カウンターに肘をつく。ひより、画面を梶田のほうへ回す。

梶田パンチ、二穴のやつ

ひよりそこ。それより、見て

梶田なに、また表?

ひより先生たちが領収書のPDFをこのフォルダに置くでしょ。そしたら読んで、日付と金額と店を表に入れて、カードの明細と突き合わせるの

梶田手書きのやつも?

ひより手書きはまだ無理。三割くらい読み違える。だからそれは私が直してる

梶田直してるんじゃん、結局

ひより九月分、二百十二枚で、合わなかったのが四枚。二枚はキャンセル、二枚はドル払い

梶田三日かかってたやつ?

ひより半日

梶田それ、課長に見せた?

ひより来週。その前に杉浦さん

梶田うわ。先に俺の名前出さないでね、パンチ借りに来ただけだから

紙で、お願いします

ひより、タブレットを持って奥の席へ。梶田はカウンターに残り、パンチを探すふりをする。

ひより杉浦さん、ちょっといいですか

杉浦はい

ひより一万円以上の領収書の、紙の原本に押印して綴じる、っていうの。電子で全部突き合わせられるようになったので、なくせないかなと思って

杉浦見せてもらえますか

杉浦、老眼鏡を上げて表を下へ送る。赤い四行で止まり、そのあと、赤くない行で一度止まる。

杉浦これ、同じ日に、同じ店で、同じ額が二回ありますね

ひよりカードも二回引き落とされてるので、合ってます

杉浦合ってますね。……これを見たのは、誰になりますか

ひよりえ?

杉浦この二行を

ひより誰って、システムが。私が組んだので、私ですかね

杉浦そうですか

ひよりあの、それで、紙のほう

杉浦紙で、お願いします

ひより理由を、聞いてもいいですか

杉浦規程にあるので

ひより規程は、変えられますよね

杉浦変えられます

杉浦、タブレットを返す。束のいちばん上の一枚に判を押す。判を置いて、まず左下に体重をかけ、それから全体を押す。

杉浦今日の分です。綴じておいてください

ひより、束を受け取ってカウンターへ戻る。

梶田どうだった

ひより「変えられます」って

梶田で?

ひより「紙で」

梶田負けてんじゃん

ひより負けてない。……ねえ、この判子、左下だけ濃くない?

梶田どれ。……ほんとだ。全部?

ひより全部。押す前に、ぐって左下に体重かけるの。毎回

梶田儀式だよ。判子は

印刷した瞬間に

カウンターに、布の手提げを提げた五十代の教員が来る。四階に研究室がある。

先生すみません、まだいけますか

ひより五時までなら

先生論文を三本、買いまして。それと、この前のデータの分

ひより論文の三本はフォルダに入ってて、合ってます。データの、一万二千八百円のほうは、一万円を超えるので紙の原本を

先生原本。……ダウンロードで買ったものの原本って、どこにあるんでしょう

ひより印刷していただいて、ここに先生の署名を

先生印刷すると原本になる

梶田、吹き出しかけて、咳でごまかす。

先生いや、いいんです。論文のほうは、もう買うのやめようと思ってて。うちの分野は、同じものがプレプリントで出てることが多いので。引用もそっちに替えます

梶田それ、怒られないんですか

先生共同研究の相手が、二人くらい怒りますね。でも一本買うのに、カードを出して、保存して、印刷して、署名して、ここまで降りてくる。そのあいだに向こうのグループが一本出すんですよ

ひより降りてくるのは、もういらなくなります。フォルダに置くだけで

先生あれ、あなたが作ったんですか。月曜に置いたら、火曜の朝には表に入ってた。あれは本当に助かってます

先生、財布を探して手提げの口を開ける。缶が一本、転がり出そうになって、先生が手で押さえる。ノンアルコールビールのラベル。

梶田あ

先生帰りに飲もうと思って。……机には置きませんよ

ひより置いちゃだめなんですか

先生去年、隣の学部で、研究室の机の上のペットボトルの写真が出回ったことがあって。中身は麦茶だったんですけど、説明の文書が三枚出ました

梶田三枚

先生だから置かない。置かない理由を聞かれたら、たぶん麦茶の話しかできない

先生、署名用の紙を受け取って、手提げにしまう。

先生明日、印刷して持ってきます

ひよりすみません

先生あなたのせいじゃないですよ

来年の担当

先生が出ていく。梶田はパンチを返さず、カウンターにもたれている。

梶田俺、来年、看護の実習の時間割の担当になりそうなんだよ

ひより大変なの?

梶田実習、本当は二コマ続けなきゃいけないらしいんだけど、昔から一コマで回してるんだって。誰も言わないの

ひより言えばいいじゃん

梶田言ったら、最後にそれを組んだ人が困るでしょ。で、来年からその最後の人が、俺

ひよりじゃあ、今年のうちに直しなよ

梶田簡単に言うね。……杉浦さん、三月で終わりなんだっけ

ひよりうん。そしたら紙もなくせる

梶田規程は残るよ

ひより規程って、誰が書いたの

梶田知らない。調べれば? 得意でしょ、表

坂の下の薬局

午後六時過ぎ。大学の坂を下りたところにある調剤薬局。ひよりは頭痛薬を一箱、カウンターに置く。受付は四十代の女性。ひよりは首から職員証を提げたままでいる。

受付八百八十円です

ひよりカードで

受付領収書は

ひよりいらないです

受付研究支援課の方ですか

ひよりあ、これ。はい、四月から

受付あそこ、まだ一万円からは紙ですか

ひより……なんで知ってるんですか

受付前に、大学で働いてたので

ひより研究支援課で?

受付名前は違いましたけど。……判子は、まだ押してます?

ひより押してます。左下から

受付そうですか

受付の女性、レシートを渡す。それから、頼まれていない領収書を一枚、レシートに重ねる。

受付一応

ひよりいらないって言いました

受付ええ。どうぞ

ひより、外に出る。薬局の前のごみ箱の上で、領収書を携帯で一枚撮る。撮ってから、紙をごみ箱に入れる。レシートは財布に入れる。

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このページの記事はAI(Claude)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。登場人物・場面はフィクションです。