妻が他社FPの試算表を持ってきた
——保険見直しの、十年後の自分

タカハシセイイチ(家計アドバイザー)/『お金のことば、家に入る — 家計アドバイザーの、十の夜』#5
生成日: 2026-05-01

九月の土曜の夕方、妻が職場の同僚に紹介された他社のFP事務所から帰ってきて、A4の紙を二枚、ダイニングテーブルの上にきれいに揃えて並べた。「ねえ、ちょっと見てくれる」。声は普段より少しだけ事務的だった。「いま入ってる保険、過剰じゃないかって。月七千円くらい削れるって」。試算表の右下に、私の知らない事務所のロゴが入っていた。

十年前の自分の処方——表の下段、現契約欄の構成は、私が十年前に妻に勧めたものだった。当時の妻は三十三歳、娘が小二、息子が幼稚園年中。終身保険の保障額、医療特約、女性疾病特約、合計の月額。配分の比率まで、私の当時の標準的な提案フォーマットそのものだった。私は紙を二枚同時に視野に入れたまま、最初の数秒は何も言えなかった。

他社FPの試算——上段の見直し案は、終身の保障額を半分に減らし、医療特約を県民共済に振り替え、女性疾病特約を解約する構成だった。月額で六千八百円減。論理は妥当だ。私が今日、初対面の客に同じ家族構成・同じ年齢・同じ収入で出すとしたら、ほぼ同じ提案になる。年齢が変わり、子供が大学生と高校生になり、保障の必要量が下がっている。表は正しい。

過去の自分が現在の妻を圧迫している——書きながら気づくが、これは要するに、十年前の私の口が、現在の妻の家計を毎月七千円ぶん圧迫している、という事実である。職業助言は時間の関数で、十年前の最適は現在の最適ではない。それは知識として知っていた。だが、自分の助言が経年劣化していく現場に、自分の妻の家計の側から立ち会うのは、想定していなかった。

否定できない側——私の口は、十年前の処方を否定する語を持っていない。否定すると、当時の判断が誤りだったことになる。誤りでなかったから今の私の仕事が続いている。「当時としては正しかった」「環境が変わった」と言えば筋は通る。実際そう言うつもりだった。だが筋が通る言い方を準備している自分が、すでにプロの口で家庭の話をしている、ということでもあった。

第三者を経由した訂正——もう一つ気づいたこと。妻はこの見直しを、私に直接相談せず、職場の同僚の紹介で他所のFPに依頼した。同じ家の中で「家計アドバイザー」と「夫」が、彼女の中で別人として処理されている。夫の口で訂正を求めるのと、第三者の口で訂正を求めるのは、別の手続きだった。彼女はその分離を、迷わずに選んでいた。

結婚生活で一度もないこと——表を見ながら思い出そうとして、思い出せなかったことがある。妻が私の助言を、夫の口に対して直接訂正した記憶が、ない。お金に関わる話で、彼女が私の判断に「これ、ちがうんじゃない」と言った場面が、二十数年で一度もない。代わりに、こうやって他所のFPの紙が来る。これは今夜はじめて気づいた構造だった。

口の選び方——「この提案、妥当だと思う」と私は言った。短く、できるだけ家計アドバイザーの口でなく言おうとして、結局その口で言うことになった。妻は「そう」とだけ返して、二枚の紙を上下に重ねた。重ねたあと、上の紙の角を指で揃えていた。揃えてから、紙の束をテーブルの端へ寄せた。「来週、解約と切替の手続きしてくる」。

自分の机で——妻が二階に上がったあと、私は自分の仕事用ノートパソコンを開いた。十年前の提案資料のフォルダを開く。当時の私が妻のために作ったExcelが、ファイル名「家族保障設計_2016.xlsx」で残っていた。クライアント用の標準テンプレートと、ファイル名の付け方が、ほぼ同じだった。私は開きかけて、閉じた。十年後の自分が今夜、同じ目で開きにくると分かったので。

反省カード——書きながら自分を見ると、私はここでも観察者の口でこの夜を整理しようとしている。「職業助言の時間構造」「夫と家計アドバイザーの分離」と名前を付ければ、夜は片付く。だが妻が二枚の紙を揃えていた指の動きは、その整理から漏れる。漏れたぶんが、たぶん今夜の本体だった。

——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。3稿を並置しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。生成日: 2026-05-01。前作『お金の慣用句 — 直観と複利のあいだ』『AIに、お金を聞いた』に続く第三作、私生活編。