核は強い。空いた棚をあえて埋めずに残す采配、閉店を早めるとき品の残っている人から順にかける電話、要る物だけをまっすぐ抜いていく地元客の手。この三点は、この書き手にしか書けない。問題は、その三点を信用しきれず、雪景色の常套句で場面を立ち上げ、最終段で「正直さ」と言い切って全部を回収してしまっていることだ。直売所の采配という、人より棚を先に見るはずの人物像が、叙情に押されて何度かぼやける。職業エッセイは、職業の手つきが本物なら、主題は黙っていても立つ。
「結局のところ、雪の日の棚は、里の正直さなのだ。(中略)十五年、私はその正直な棚を、雪のたびに眺めてきたのだろう。」
主題を主題文として書いて、自分で判子を押して終わっています。「結局のところ」「〜なのだ」は、エッセイが自分の観察を信じられないときに出る言葉です。さらに「十五年、眺めてきたのだろう」は、デビュー作の「軽トラの台数のほうだ」、二作目の「書かれていないことのほうが、この搬入口を回している」と同じ型の自己引用で、三作目にして決め台詞が様式になってしまった。読者に渡すべき余白を、作者が先に埋めています。
「雪が里を白く染めた朝は、搬入口の様子が変わる。」
「雪が里を白く染めた」は、どの雪のエッセイにも貼れる既製の風景です。この書き手が本当に搬入口に立っているなら、出てくるのは「白く染まった里」ではなく、シャッターの下に吹き込んだ雪の筋か、検品台に乗せた箱の底に張りつく雪か、長靴の客が床に残す溶けかけの足跡のはずです。雰囲気が人物より先に立っている、生成された“それっぽさ”の典型。
「雪の日に並ぶ野菜には、雪の日の価値があることを知っているのだと思う。」「また出てくるのが億劫だからだろう。」「雪のたびに眺めてきたのだろう。」
この語り手は、棚の高さを決め、空きを残すか埋めるかを判断し、閉店を早める権限まで持つ、断定で動く人物です。その人の回想が「〜のだと思う」「〜だろう」で薄まるのは、生産者の心理に踏み込むまいとする作者の保険に見える。とくに地元客の買い方は、十五年見てきた人なら「また出てくるのが億劫だからだろう」と推し量るのではなく、観察として言い切れるはずです。億劫かどうかは本人の事情。語り手が知っているのは、かごの中身だけのはずです。
「タイヤチェーンの、あの硬い音が遠くから聞こえると、私は誰の車か分かる。」
二作目で「一台目が誰の車か、私は姿を見る前に音で分かる」と書いた、その同じ手を使い回しています。しかも今度は「あの硬い音」と曖昧で、観察が一段後退している。チェーンの音は、晴れた日のエンジン音とどう違うのか。金属が雪を噛む音か、坂で空転して一度止まる音か。どの坂で鳴り、駐車場に入る手前で外す人がいるのかいないのか。具体が一つも出てこないので、「音で分かる」が概念のまま置かれている。
「雪の日の品揃えには、嘘がない。あるものしか、ない。(中略)なんだか、清々しいとさえ思う。たくさんあることが豊かさだと、いつのまにか思い込んでいた自分に、雪の日の棚が気づかせてくれるのかもしれない。」
「あるものしか、ない」の一行は強い。だがその直後で「清々しい」と感想を述べ、「豊かさだと思い込んでいた自分に気づかせてくれる」と説教にまで広げてしまった。三種類しか並ばない棚を具体的に書けば、清々しさは読者の側に勝手に立ちます。感情の名前を作者が先に言うたびに、棚の事実の値打ちが下がる。とくに後半の自己啓発めいた一文は、直売所スタッフの口ではなく、エッセイ指南書の口です。
「空きは空きのまま残しておく。その人の場所だから。」
ここがこのエッセイの核です。だが「その人の場所だから」で情に流して終えてしまった。委託販売の采配として書くなら、もっと冷たく正確なはずです。空けておけばその段の売上は立たない。隣の品で埋めれば店全体の見栄えと売上は上がる。それでも空けておくのは、来た人と来なかった人を棚で取り違えないためだという、二作目までで築いた「棚は外から見える」という論理の延長にあるはず。情ではなく、采配の理屈で書いてほしい。「その人の場所だから」は、判断を放棄した語り手の言葉です。
「天気の話をして、坂の様子を教え合って、それから帰る。」
この一文は、雪国のどの店先にも、どのバス停にも置けます。教え合った「坂の様子」の中身(どの坂が通れないと誰が言ったか、それを聞いて次の軽トラの可否を読んだか)まで書いて初めて、レジ越しに情報を集めている語り手の手が見える。中身を書かなければ、社交の風景写真にすぎません。なお電話の順番(品の残っている人から)は具体で良い——あの精度を、チェーンの音にも、客の買い方にも回してください。
残すべきは三つ。空きを埋めずに残す采配(ただし情ではなく「棚で来た人と来なかった人を取り違えないため」という理屈で)、品の残っている人から順にかける早仕舞いの電話、要る物だけをまっすぐ抜く地元客の手。削るべきは、「白く染める」雪景色、留保語尾、「正直さ」「清々しさ」の直叙、最終段の主題解説。改稿では、チェーンの音を晴れた日の音と一行で区別し、空きを残す理由を采配の論理で言い切り、結びの「〜なのだろう」を捨てること。意味は棚が運ぶ。作者の感想が運ぶのではない。