ホシノタカシ(52歳・プラネタリウム解説員28年)
客席のリクライニングは、深く倒れる。天頂を見上げる首の角度に合わせて、背もたれが後ろへ大きく傾く。窓はなく、空調は二十二度。投影機は床から低く唸り、私の声は暗闇に吸われて返ってこない。この場所で、お客さんはよく眠る。二十八年、私はその眠りを天井の下で聴いてきた。
最初の寝息は、投影開始から十分で落ちる。導入の口上が終わり、星が出そろい、私の声が星座のあいだを淡々と巡り出す頃だ。中ほどの席から、息の山が一段低くなる音がする。続いて、その二つ後ろ。それから通路を挟んだ向かい。私はマイクの自分の声を半分聴き、残りの耳で客席を聴く。衣擦れがまだ三つ、補助席の軋みが一つ、それは起きている人の音。寝息は今、四つ。投影が進むほど、起きている音は減り、寝息が増える。客席の覚醒は、私の耳の中で目盛りになって動いている。
眠る人を起こさないのも、仕事のうちだ。声を急に張らない。星が降る効果音を、寝息の数だけ控えめにする。そして終演、明転のフェーダーを上げる指の速さを変える。客席が起きている回は、つまみを五つ数えるあいだに上げきる。眠っている人が多い回は、その同じ距離を、指が三倍ゆっくり登る。暗闇から明るさへ、急な段差を作らない。眠りと世界のあいだに、なだらかな坂を一本かける。
回によって、客席はまるで違う。平日の午前は、団体の小学生だ。バスで乗りつけ、ドームに入る前から賑やかで、星が一つ出るたびに声が上がり、引率の先生の「しーっ」が飛ぶ。あの回に寝息はない。けれど平日の昼の回は、来るのは数えるほどの大人で、星が出ても声は上がらない。十分経つと、私の耳の目盛りが、起きている音から寝息のほうへ静かに振れていく。
その昼の回に、いつも来る人がいる。中ほどの、通路側。毎回きっかり同じ席だ。座ると上着を脱ぎ、袖を内側に折り込んで二つに畳み、膝の上にきっかり同じ向きで置く。そして投影が始まって十分、私の耳の目盛りが寝息のほうへ振れる、ちょうどその頃に、その席が一つ、息の山を低くする。星を見に来ているのではない。作り物の星の下で眠るために、チケットを買い、暗いドームの同じ席まで来ている。
終演のアナウンスには、定型文がある。「以上で本日の投影を終わります。お忘れ物のないよう、お気をつけてお帰りください」。私はこれを、毎回同じ調子で読む。けれどあの人がいる回だけ、明転を上げる指が、勝手に遅くなる。五つ数えるはずの距離を、十五数える速さで登らせる。膝の上で上着が同じ向きに畳まれているのを、緑の非常灯の灯りで確かめながら。なぜそうするのか、私は誰にも言ったことがない。
その人は、明転が終わる頃に目を開ける。上着を広げて袖を通し、軽く会釈をして、出口の緑の灯りのほうへ歩いていく。星座の名前を一つも覚えずに帰る背中だ。私はフェーダーから指を離し、次の回の客席を待つ。投影機は今日の座標で低く唸っている。十分経てば、また最初の寝息が、どこかの席で落ちるだろう。私はその一つ目を、いつものように、耳で待っている。