補給港の、買い出し
接岸の数時間で、次の航海ぶんを積む

ホズミナツキ(31歳・内航船の司厨9年)

接岸の知らせは、たいてい前の晩に入る。明日の昼すぎに着けて、夕方には出る、と。そういう日の朝は、揺れる船の台所で、私は包丁より先に紙を握っている。次の港までの献立を、頭の中で先に終わらせておくのだ。港町には港町の温かい人情があって、買い出しはいつも、どこか旅のような心持ちにさせてくれる。

勝負は、荷役の時間だ。船が貨物を揚げている数時間、その隙にしか私は陸に降りられない。三時間か、長くて四時間。その中で、六人の次の五日ぶんを買って、船まで運んで、冷蔵庫に収めて、出港に間に合わせる。リストは前の晩に書く。台車をタラップの下に下ろす段取りまで、頭の中で一度通す。間に合わなければ、沖で詫びることになる。

港ごとに、店の地図が頭に入っている。九年ぶん、足で描いた地図だ。徳山は魚がいい。水島は安い。坂出には日曜でも開いている大きなスーパーがある。どの港のどの坂を上れば何が手に入るか――それは海図には載っていない、司厨だけの地図なのかもしれない。新しい港に着くたび、地図にまた一筆、足される。

重さとの戦いがある。米は十キロの袋、飲料は箱で買う。麦茶のペットボトル、二リットルが六本。これがいちばん重い。台車に積めるだけ積んで、坂はタクシーを使う。運転手に「船まで」と言うと、たいてい黙って岸壁まで着けてくれる。タラップの下からは人力だ。箱を肩に担いで、揺れる渡し板を一段ずつ上る。腕が、次の日まで覚えている。

買い出しには、ひとつだけ楽しみを混ぜる。その港でしか買えない一品を、必ず探すことにしている。宇和島ならじゃこ天、博多なら明太子、境港なら松葉の足の折れたやつが安く出る。乗組員への土産のような気持ちで、献立にそっと忍ばせる。「これ、どこの」と訊かれる、あの一言のためだ。一品の名物が、次の五日の食卓に、港の名前を置いていく。

船に戻ると、冷蔵庫の前で立体パズルが始まる。買った順ではなく、使う順に詰める。手前の取りやすい段に、明日あさってに使う葉物。奥の冷える段に、五日目に出す肉のかたまり。卵は扉のいちばん上、揺れても落ちない位置。ひとつのドアの中に、五日ぶんの航海の段取りが、立体で畳み込まれていく。

それでも、最後はいつも走ることになる。冷蔵庫を半分まで詰めたところで、汽笛の試し吹きが聞こえる。出港の合図はもうすぐだ。台車を畳んで所定の場所に縛り、リストの消し忘れがないか紙を見直す。岸壁の係員が舫いに手をかけるのを横目に、最後の箱を運び込む。間に合った、と思う暇もなく、船は岸を離れていく。

冷蔵庫の扉を閉めて、その重い音を聞くと、私はようやく息をつく。次の港まで、もう陸はない。中にあるものだけで、六人の五日が回っていく。買い出しとは、次の港までの安心を、ひとつのドアの中に積み込む仕事なのだ。揺れる台所で、私はその扉に手をあてて、今日も静かに、出港の揺れを待っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。