イグチタモツ(62歳・園芸店主35年)
今年のポインセチアは四十箱にした。去年は三十八箱で、二十三日の昼に棚が空いた。空いた棚は、客に「もう冬は終わり」と言っているように見える。それが嫌で、二箱足した。一箱に六鉢。トラックの荷台から下ろすと、輸送で擦れた苞の縁が、何枚かもう白茶けている。
客はあの赤を花だと言う。あれは花ではない。苞という、葉が色を変えたものだ。本当の花は中心の黄色い粒で、地味で小さい。秋に夜が長くなり、暗い時間が一日のうち一定を超えると、葉は赤くなる。農家は黒い布をかけて夜を作り、十二月に間に合わせる。客が花だと思って買う赤は、人が足した長い夜でできている。
ラッピングは赤い紙が出る。金や緑のリボンもレジ脇に置いてあるが、客は赤を指さす。赤い苞を赤い紙で包む。包んでいるあいだ、客は鉢ではなく、誰に持っていくかを話している。義理の母に、職場に、玄関に。
ときどき、レジの前で訊く客がいる。「これ、クリスマスが終わったら捨てていいんですか」。申し訳なさそうに、まっすぐに訊く。多くの客は訊かずに買い、訊かずに捨てる。訊いてくる人は、捨てることに引っかかっている人だ。
ポインセチアは多年草で、夏を越せば翌年も赤くなる。レジの引き出しに、夏越しの方法を刷った紙を入れてある。五月に切り戻す、夏は半日陰、秋からは夜に光を当てない。「枯れたらどうすれば」と訊いた客には、包んだ鉢の紙のあいだに、その一枚を挟んで渡す。「かわいいでしょう」とだけ言う客には、挟まない。同じ赤い紙で、同じように包んで、片方にだけ紙が一枚多い。
年が明けると、残った赤に値引きの札がつく。半額、三割、捨て値。一月半ばには店先から赤が消える。買われていった鉢も、たいてい同じころに家のごみと出される。十二月だけ主役で、一月にはいない。
店の奥に、去年売れ残った一鉢を夏越しさせてある。二年目のそれは、買ったときの倍ほどに背が伸びて、苞も大ぶりに赤い。「捨てていいんですか」と訊かれると、私はその鉢を顎でしゃくる。客はたいてい、背の高さのところで黙る。それから紙を一枚、挟んで渡す。
今年も四十箱が、十二月の三週間で出ていく。包みながら、私は客の言葉を聞いている。「枯れたら」と言うか、「かわいい」と言うか。それだけで、紙を一枚足すかどうかが決まる。