辛口レビュー
——「編み直しの、座面」第一稿について

核は強い。古い編みを解くと前の職人の癖が出てくること、骨を先に直さなければ編みが無駄になること、新旧の籐の色を番茶でひと撫でして馴染ませること、座る人の体重を聞いて張りを逆算すること。この四点は、籐をやってきた人間にしか書けない手つきがある。問題は、書き手がその四点を信用せず、「椅子の記憶」という借り物の叙情で枠を作り、最終段で自分の主題を全部言葉にして回収してしまっていることだ。デビュー作で指摘されたのと同じ病――留保語尾と自己赦しの結び――が、また顔を出している。

1. 借り物の叙情装置(椅子の記憶)

「椅子には記憶が宿る、とよく言うけれど、私が触るのは記憶ではなく、傷んだ繊維のほうだ。」

否定の形を取っているが、結局「椅子の記憶」という手垢のついた装置を一度持ち出して、それで情緒の下地を敷いている。本当に繊維のほうを見る職人なら、「記憶」という言葉を借りる必要がない。潰れた繊維の手触り、黒く沈んだ座面の一点を出せば、記憶という単語を使わずに記憶が立つ。否定してみせること自体が、装置への未練だ。

2. 予定調和の結び・自己赦し

「直す順番を守ること、それがこの仕事の信用なのだと、解いた古い籐を捨てるたびに思う。」

デビュー作の「私をいまの私にしてくれた」と同じ判子です。主題を主題文として言い切り、「〜たびに思う」で余韻まで作者が付けてしまっている。しかもこの「信用」という抽象語は、本文ですでに動作で書けている(骨を先に締める、順を守る)のだから、ここで言い直す必要はない。読者が自分で「信用だ」と気づく余白を、作者が先に奪っている。

3. 同じ主題の二度言い(回収しすぎ)

「直す順番というのは、つまり信用なのだと思う。」/「何を直して何を残すかを決める――修理とは、結局そういう仕事なのだ。」

四段目で一度「信用」と言い、最終段でまた「信用」と言い、加えて「何を直して何を残すか」という別の抽象でもう一度まとめ直している。同じことを抽象語で三度言うたびに、骨を押す指の感触という具体の値打ちが下がる。「何を直して何を残すか」に至っては、コウノアサコの校閲エッセイの主題文の流用に見える。職業が違うのに同じ言い回しで締まるなら、それは生成の癖だ。

4. 留保語尾が職人の手つきと矛盾する

「これが、新しく編むより気を使う作業かもしれない。」「私はずっと、誰かの仕事の籐の部分だけを引き受けてきたのかもしれない。」

二十八年解き続けた人間が、解く作業の難しさを「かもしれない」で濁すのはおかしい。気を使うのか使わないのか、それは指が知っているはずだ。デビュー作の改稿で留保語尾を削ったのに、二作目でまた「かもしれない」が増えている。断定できる職人を、断定を避ける作者が薄めている。

5. 作者が本当には見ていないディテール

「同業の手蹟を、私はほどきながら読んでいる。三十年前に死んだ職人の仕事を、私は今ごろになって初めて読んでいるのだと思う。」

「三十年前に死んだ職人」が突然出てくるが、誰なのか、どこの椅子だったのか、その癖が具体的にどうだったのかが一つもない。前段では「編み始めをどこに置いたか」「右肩上がりか左肩上がりか」と具体に踏み込みかけたのに、それを特定の一脚に結びつけずに、抽象的な「死んだ職人」へ逃げてしまった。実在の一脚を一つ挙げれば(あの応接椅子の、編み始めを左の角から起こす癖、で済む)、この段は本物になる。

6. 番茶のディテールを使い切っていない

「私は新しい皮籐を、編む前に薄い番茶でひと撫でする。それでも完全には揃わない。揃わないなりに、境目をぼかすのが私の仕事だ、と思っている。」

「番茶でひと撫で」は、この一篇でいちばん良い具体だ。誰も知らない、手の中だけにある知恵が出ている。なのに直後で「境目をぼかすのが私の仕事だ、と思っている」と抽象に逃げて、せっかくの番茶を台無しにしている。「と思っている」も留保だ。番茶を撫でた皮籐が、一日干すとどこまで色が寄るのか――その観察を一行足せば、「仕事だと思っている」の説明はまるごと要らない。

7. 体重を聞く場面の手つきが薄い

「失礼かと思いつつ、聞かなければ編めない。」

体重を採寸に使うという発想は鋭い。だが「失礼かと思いつつ」という気遣いの説明で薄まっている。本当に効くのは、聞いた体重を編む手がどう翻訳するか――何キロ重ければ網代の目を一目詰める、といった具体の変換だ。客の気持ちより、客の体重が指に移る瞬間を書くべきで、ここは職業の論理がいちばん面白くなる場所なのに、礼儀の話でぼかしている。

総括——残すべき核

残すべきは四つ。潰れて黒く沈んだ古い座面を解く手触り、骨を先に締めてから編むという順番、番茶でひと撫でして新籐の色を寄せる知恵、客の体重を編みの目に翻訳する採寸。削るべきは、「椅子の記憶」の前振り、三度言われる「信用」、「かもしれない」「と思っている」の留保、そして主題を直叙する最終段。改稿では、前の職人の癖を必ず特定の一脚に結びつけ、番茶の皮籐が翌日どこまで色を寄せたかを一行で見せ、体重を聞いたら何目詰めたかを動作で書くこと。意味は動作が運ぶ。「信用」と書いた瞬間に、信用は逃げる。

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