イソガイユウ(46歳・醤油蔵の諸味番14年)
諸味の番を十四年やっている。毎朝、木桶の泡と香りを見回るのが私の仕事だ。けれど搾りを終えて桶が空になると、見回るのとは別の仕事が来る。空いた桶を洗い、乾かし、傷んだところを直す。
搾りきった桶は、底に諸味の名残がこびりついて、酸の匂いが立っている。私は長靴を履いて、桶の中に入る。大人が両手を広げても端に届かない。中に立つと、いつも上から覗いている縁が、頭の上にぐるりと高く回る。見上げると、梁の隙間から差す光が桶の口を真上で縁取っていて、私はその丸い光の下に立ってタワシで側板を擦る。底をさらい、水で流す。十四年やって、この中に立つ日だけは、自分が桶に飲まれた小さなものに思える。
洗った桶は、すぐには仕込まない。日の差す場所に口を開けて、何日もかけて乾かす。中が湿ったままだと木が傷む。乾いていくと匂いが入れ替わる。諸味の酸が抜けて、杉の、少し甘い匂いが奥から戻ってくる。空の桶の前を通るたび、私は鼻でその戻り具合を量る。酸がまだ残る桶は、もう一日。
乾かしている間に、箍を点検する。箍は桶を締めている竹の輪で、何重にも巻いて側板を縛っている。これが年とともに緩む。私は上から下へ、箍を一本ずつ指の腹で弾いていく。締まっている箍は、爪で硬い竹を弾いたときの、高くて短い音で返る。緩んだ箍は、その高さが出ない。途中の一本で音が落ちると、指に来る痺れも抜けて、ぼそ、と鈍く沈む。十四年で、私は音の落ちる箍を耳より先に指で当てるようになった。
締め直しは私の手には負えない。桶職人を呼ぶ。去年来たのは七十を過ぎた人で、弟子は連れていなかった。電話してから蔵に来るまで、四月待った。来た日は朝から夕方まで一人で箍を打ち、帰りぎわに、この桶はあと二十年はもつ、と言って、それきり何も言わずに軽トラで帰っていった。次に呼ぶとき、この人がまだいるかどうかは、私には分からない。
漏れも探す。桶の外側を、屈んで一周見て回る。塩を含んだ諸味が滲んだ跡は、乾くと白い筋になって側板に残る。指でなぞると、結晶がざらりと爪に乗る。舐めると塩だ。私は筋の長さを目で測り、内側に回って、その裏に当て木をあてる。職人が来るまでの、その場しのぎだ。白い筋は、桶が水気を逃がしている場所だから、見落とすと次の仕込みでそこから諸味が抜ける。
うちの蔵の桶には、札の裏に仕込んだ職人の名と年が書いてある。いちばん古いのは明治のもので、側板が飴色を通り越して黒い。昭和の桶、平成に新調した桶。頭はそれを家系図と呼ぶ。明治の桶は箍が緩みやすく、毎年いちばんに点検する。新しい桶ほど手はかからないが、別の難がある。
平成の桶は、まだ杉の香りが強い。新桶に普通の仕込みを入れると、最初の一、二年は杉の香りが諸味に移ってしまう。だから新桶には、香りが移っても構わない、火入れで香りの飛ぶ仕込みを宛てがう。三年、四年と使ううちに杉が抜けて、ようやく香りの繊細な仕込みを任せられる。明治の黒い桶は、その杉が百年かけて抜けきった先にある。
洗って乾いた空の桶の中に、もう一度立ってみることがある。諸味で満ちているときは、底から上がる泡が桶を細かい音で鳴らしている。空のいまは、自分が底を踏む音だけが側板に当たって返る。一年後にはまた、ここが諸味で満ちて鳴る。それまでは、この静かな桶を私が洗って、乾かして、白い筋を探す。