イザヨイマナ(44歳・漁網の仕立て職人22年)
刺し網や底引きの繕いを長くやってきたが、定置網は別の生き物だ。一枚の網ではなく、海の中に建てる一棟の建物だと言ってもいい。私はいわば、海の建築家なのかもしれない。陸の作業場で、その図面を網地に翻訳していく。
定置網には設計図がある。垣網、運動場、箱網——名前のついた部位が連なって、ひとつの仕掛けになっている。垣網は岸から沖へまっすぐ伸びる長い壁で、回遊してきた魚をせき止め、沿って泳がせる。その先に運動場という広間があり、魚はそこをぐるぐる回るうちに、いちばん奥の箱網へ誘い込まれて溜まる。逃がすのではなく、導いて溜める設計だ。図面を最初に見たとき、これは漁具ではなく迷路の見取り図だと思った。
部位ごとに、使う網地が違う。垣網は魚を通さなければいいだけだから、目合いを大きく、糸も細めにして、潮の抵抗を逃がす。箱網は最後に魚を溜めて引き上げる場所だから、目合いを詰め、糸を太くして、重みに耐えさせる。同じ一棟の中で、壁と部屋では役割が違う。役割が違えば網地も違う。建物と同じで、柱に使う材と、間仕切りに使う材は、はじめから別なのだと思う。
裁断は、作業場いっぱいを使う仕事になる。何百メートルという網地を広げ、図面の寸法どおりに裁っていく。一枚ずつに番号を振る。垣網の三番、運動場の天井、箱網の側——札を結びつけておかないと、組み立てる段になってどれがどれだか分からなくなる。床を這うように歩きながら、私はその番号を確かめていく。広げた網地の海の上を、自分が小さな船になって渡っていくような心地がする。
網と網をつなぐのは、縁綱というロープだ。網地のへりを縁綱に縫いつけて、力のかかる場所を綱に肩代わりさせる。魚の重み、潮の力、引き上げの張力——それはみな網目ではなく、この縁綱が受け止める。だから縫合は念入りにやる。一針ごとに綱と網地を抱き合わせ、緩みのないように締めていく。網は破れても繕えるが、縁綱の取り付けが甘いと、建物ごと潮に持っていかれてしまうのかもしれない。
仕立てが終わっても、定置網は作業場では完成しない。番号を振った部位を船に積んで沖へ運び、海の上で繋ぎ合わせ、錨と浮子で海中に立ててやって、はじめて一棟になる。陸でこしらえるのは半分で、残りの半分は海が組み立てる。私は自分の縫った網が、水の中で柱を立て、壁を張り、部屋を開くところを、見ることができない。図面の上の建物を想像しながら、ただ床で縫っているのだとも言える。
漁期が終われば、網は引き上げられて戻ってくる。一年、海の中で働いた網だ。垣網は藻と貝にびっしり覆われて重く、箱網は魚の擦れたあとで毛羽立っている。私はそれを広げて、どこを直し、どこを替えるか、見積もっていく。傷みの多くは、やはり力のかかる縁綱の際と、潮の当たる沖側の角に集まる。建物のどこに無理が来ていたかが、傷みの地図になって読み取れる。
定置網を仕立てるようになって、自分の仕事の見え方が少し変わった。一枚の網は道具だが、定置網は構造物だ。壁と部屋を分け、力の道を綱に逃がし、海と陸の二段階で組み立てる。それはもう、漁具を作るというより、海の中に建物を建てる仕事なのだと思う。陸で縫っているのは図面で、本体は海が立てる。私はその図面職人なのだろう。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。