傘が、帰ってこない
梅雨のビニール傘から見えた、所有の境界線

ダーン・ヤンセン(17歳・オランダからの交換留学生)

梅雨入りした日の夕方だった。雨はしとしとと降っていて、街全体が灰色のベールに包まれていた。僕はコンビニに寄って、入口の傘立てに、買ったばかりのビニール傘を立てた。五百円。透明な、どこにでもある傘だ。おにぎりとお茶を買って、五分くらいで出てきた。傘立てを見た。僕の傘が、ない。代わりに、同じようなビニール傘が三本、残っていた。どれも透明で、僕のと見分けがつかなかった。雨は、まだ降っていた。

家に帰って、ホストマザーに言った。「傘が、なくなりました。盗まれたのかもしれません」。お母さんは、にっこり笑って言った。「ああ、流れちゃったか」。流れた。盗まれた、ではなく、流れた。川の水みたいに、自分の意思とは関係なく、どこかへ行ってしまったように。僕はその言葉を、心の中で何度も繰り返した。雨の日に消えた傘は、誰かに「盗まれた」のではなく、ただ「流れた」のだった。日本語は、ときどき、こんなふうに事件を風景に変えてしまう。

次の日から、僕は傘立てを観察するようになった。これは、面白い現象だと思ったからだ。駅の傘立て。学校の傘立て。コンビニの傘立て。気づいたことがある。流れるのは、ビニール傘だけなのだ。柄物の傘、ブランドの傘、折りたたみの傘は、消えない。透明な五百円の傘だけが、毎日、持ち主を取り替えている。まるでビニール傘には、最初から名前が書かれていないかのようだった。誰のものでもなく、みんなのもの。所有の、外側にある。そういう層が、ここには確かにあるのかもしれない。

けれど、不思議なことがもう一つあった。日本では、自転車に鍵を一つしかかけない。一つだ。僕の国、オランダでは、二つかける。前輪に一つ、フレームに一つ。それでも盗まれる。アムステルダムでは、自転車は消えるのが当たり前だ。なのに日本では、一つの鍵で、自転車はちゃんと帰ってくる。自転車は盗まれないのに、傘だけが流れる。この国の人たちは、いったい何を盗んで、何を盗まないのか。その境界線が、僕にはまだ、よくわからなかった。

このことを、タケウチソウタに相談した。タケウチソウタは、言葉の嘘くささに敏感な子だ。「流れる、ってどういう意味?」と僕は聞いた。タケウチは少し考えて、言った。「盗むって言うと、重いじゃん。犯罪だし。だから、流れるって言うんだよ。軽くするために」。それから、彼は黙った。「でもさ」と、彼は続けた。「流れた先で、誰かがその傘を使ってるなら、それって……」。二人とも、その先を言えなかった。流れる、という言葉は、間違いなく、何かをごまかしていた。

僕らは、所有のグラデーションを紙に並べてみた。いちばん「自分のもの」なのは、たとえば僕のスマホ。次に、自分の傘。それから、ビニール傘。お店のトイレのスリッパ。公園のベンチ。最後に、空気みたいに誰のものでもないもの。一本の線の上に、所有がだんだん薄くなっていく。タケウチが言った。「ビニール傘はさ、傘っていうより、天気の道具なんだよ。電車の吊り革に近い。みんなで使うもの」。僕は、その言葉に唸った。天気の道具。所有されない道具。たしかに吊り革を持って帰る人はいない。

オランダのことを考えた。僕の街では、自転車が「流れる」。鍵を二つかけても消える。友だちのルークは、自転車を盗まれたとき、肩をすくめて「まあ、ロッテルダムだからね」と言った。怒らなかった。深く怒らないものが、国ごとに一つずつあるのかもしれない。日本では傘、オランダでは自転車。安くて、たくさんあって、消えても「まあ」で済むもの。——でも、と僕はすぐに思った。自転車は高い。傘は安い。これはただの値段の話なのかもしれない。国の心の話ではなく、財布の話。仮説を立てるたびに、自分で穴を見つけてしまう。

ソウタと相談して、僕は決めた。ビニール傘をやめる。目立つ、オレンジの傘を買った。千八百円した。透明じゃない、誰のものか一目でわかる傘。流れる側から、流れない側へ、自分の持ち物を移す。小さな決定だ。タケウチは「賢いな」と言った。でも、一つだけ宿題が残った。もし傘立てに同じビニール傘しかなくて、雨の中で困っている人がいたら、その人がどれかを持って帰るのは、前作で決めた「迷惑の例外」に入るのだろうか、入らないのだろうか。安全と助けは例外にした。でも、これは。僕には、まだ答えが出せない。

こうして、僕は梅雨のあいだに、一つの大切なことを学んだのだと思う。所有とは、結局、人と人とが引いた、目に見えない境界線なのだ。ビニール傘が流れるのは、この国の人々が、心のどこかで「これはみんなのもの」と信じているからだろう。言葉が事件を風景に変えるとき、そこにはその国のいちばん優しい部分が隠れている。僕はこれからも、辞書に載っていない境界線を、一つずつ見つけていきたいと思う。それが、留学というものの、本当の意味なのかもしれない。オレンジの傘は、今日も、僕のそばにある。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。ダーン・ヤンセンは架空の人物です。