第二稿(第一稿、研究室4人による建設的批判を経て書き直した版)
佐藤紗英子。三十五歳。入社十年目。進学塾アスター。神奈川の郊外、生徒二百人前後の中小規模の塾。
スタッフは十九人。私だけが、女。
事務全般と、中学生の国語を担当している。所長を含めて、同僚はぜんぶ男性。
「女性社員、佐藤さん一人なんですよ」というのは、所長が外で言うときの、ちょっと自慢めいた前置きでもある。「いてくれて、本当に助かってる」と続く。助かっている、というのは、たぶん、本当だと思う。けれど、助かっている、ということと、私一人にしわ寄せが行っている、ということは、ちょっと違う。
外線の電話のうち、思いがけず多い割合で、こう始まる。
「あの、すみません、女性の先生、いらっしゃいますか?」
母親からの電話。中三の娘の進路相談、月経痛で休みがちな娘の出席日数の心配、思春期の悩み。男性講師には話しづらい、と言われる。話す側の心の構えの問題で、講師の中身がいくら誠実でも、たぶん、変わらない。
こういう電話は、私のデスクに転送される。私の本来の業務は、事務と、国語の授業。気づくと、けっこうな時間が、女性顧客対応に消えていく。
所長は、「佐藤さん、本当に助かるよ」とだけ言う。誰かを採るべきだ、とは言わない。
水曜の昼休み、ユイちゃんが、私のデスクに来た。
中三の女子生徒。普段は明るい子だけれど、その日は、ちょっと、青い顔をしていた。
「先生……お腹、痛くて」
私は、察した。「ナプキン、いる?」
「うん」
机の引き出しから、ナプキンを出した。引き出しには、いつも、入っている。私が、自分で買って、入れているもの。塾の備品ではない。
「ありがとう、先生」
ユイちゃんは、トイレに、消えた。
そのあと、ふっと、思った。私が休んだ日に、ユイちゃんが来たら、彼女は、どこに、行くんだろう。
答えは、たぶん、「黙って、家に帰る」だった。
去年の秋、女性の応募者が一人、来た。三十代前半、教育系の前職を持っていた。書類選考を通って、面接。私も同席を頼まれた。
応募者は、明るく、優秀だった。所長も、好印象を持ったらしい。
面接の終わり際、所長が、世間話のような口調で、こう言った。
「うちの会社、女性スタッフは、今、佐藤さん一人なんですよ。佐藤さん、よろしくお願いします」
応募者は、ちょっと、ぎこちなく笑った。
そのあと、応募者は、辞退の連絡をくれた。
所長は、その電話を切ったあと、PCの画面を、しばらく、じっと見ていた。それから、独り言のように、「あれ、なんか、まずいこと、言っちゃったかな」と、ちいさく、つぶやいた。
私は、聞こえないふりをした。
所長は、すぐに、「まあ、縁がなかったね」と、いつもの声に戻した。
戻った先には、何も、残らなかった。
ある朝、駅のホームで、スマホを開いた。
転職サイトのアプリのアイコンが、画面の二段目にある。先月、入れたまま、まだ、一度も、押していない。
押そうかな。
押さない。
電車が来た。乗った。
多様性、という言葉が、最近、いろんなところで、聞かれる。
けれど、アスターには、まだ、ない。あるとすれば、それは「佐藤さんがいてくれる」という、私の名前で表される頼りだった。
ユイちゃんのナプキンも、母親からの電話も、女性応募者の辞退も、所長が独り言で言った「あれ、なんか、まずいこと、言っちゃったかな」も、ぜんぶ、私の名前一つに、集約されている。
集約されている、ということが、組織の弱さの、いちばん見えにくい形だった。
明日も、電話は、来る。
ユイちゃんも、たぶん、また来月、来る。
私は、まだ、答える。引き出しのナプキンも、まだ、補充する。
スマホの転職サイトのアイコンは、まだ、押されていない。
→ 続編:二人になっても(高橋瑞希・25歳)
← 第一稿:一人だけ、では
← 研究室4人による建設的批判
← シリーズ目次に戻る
本作は『一人だけ、では』の第二稿。研究室メンバー4人の建設的批判を受けて書き直し。具体的な変更点:(1)エピソードを5本→4本に圧縮(「同業者との研修」と「教材会議」を削除)、(2)代わりに「引き出しの、ナプキン」エピソードを核として追加(中三の女子生徒ユイちゃんが生理痛で来る、佐藤さんが自費で買って引き出しに入れているナプキンを渡す、塾の備品ではない、私が休んだ日に来たら「黙って、家に帰る」しかない)、(3)所長に「あれ、なんか、まずいこと、言っちゃったかな」の独り言を入れて二項対立を緩和、けれど結局「縁がなかったね」のいつもの声に戻る、(4)駅のホームを5行に断片化、転職サイトのアプリのアイコンが「先月入れたまま、まだ一度も押していない」中間選択の存在を示唆、(5)結語のキメ二段(「組織の弱さは、私一人で支えられている/私一人で支えられている、ということ自体が、組織の弱さだった」「ほぐれる日を、自分に許す」)を解体、事実描写「明日も、電話は、来る」「アイコンは、まだ、押されていない」で締める、(6)「電話の半分」を「思いがけず多い割合」に下げる、(7)「年240時間」の数字計算を「気づくと、けっこうな時間」に圧縮。抽象的な組織論から、ナプキン・引き出し・青い顔・トイレ・転職アプリの具体的手触りへ。所長を「鈍感な悪役」から「気づきかけて結局変わらない人」にずらし、痛みの質感を上げた。