カミシロイブキ(48歳・篠笛職人24年)
篠笛を作って二十四年になる。一本の篠竹に、七つの穴を開ける。歌口がひとつ、指孔が六つ。たったそれだけのことに、私は人生の半分を費やしてきた。穴の位置の半ミリで、音程のすべてが決まる。そのことを、私は手で覚えた。
笛を始める前、私は二年ほど楽器店で働いていた。ギターやら電子ピアノやらを売る店で、私はそこで、音というものは買えるのだと思っていた。値札のついた音。在庫のある音。二十四のとき、その店を辞めて、笛師の門を叩いた。なぜそうしたのか、いまでもうまく言えない。竹の魂に呼ばれた、とでも言うほかない気がする。
弟子入りした年の冬、師匠に連れられて、初めて竹藪に入った。篠竹なら何でもいいわけではない。師匠は藪の中をゆっくり歩き、ときどき立ち止まっては竹を握り、節と節の間隔を見て、肉の厚みを指で確かめていた。三年もの、四年もの、と師匠はつぶやいていた。竹にも年齢があるのだと、そのとき初めて知ったように思う。
切った竹はすぐには使わない。工房の天井近くの棚に、何年も寝かせてある竹が、ずらりと積まれていた。「この棚の竹は、おれが若いころに切ったやつだ」と師匠は言った。自然の声を聞くには、これだけの時間がいるのかもしれない、と私はそのとき思った。竹は、待たされることで音になる。
乾いた竹は、内側を整える。漆を内径に塗って、音を締めるのだ。塗りすぎれば音がこもり、薄ければ締まらない。師匠の塗った内側は、暗がりの中で鈍く光っていて、なんだか竹の臓腑をのぞいているような心地がした。美しい仕事だったと思う。
そして、穴を開ける。指孔の位置を決め、錐を当てる。ここが、笛づくりのいちばんの正念場だ。半ミリずれれば、音程がずれる。そして穴は、開けたら戻れない。私が初めて錐を握った日、手が震えて、なかなか当てられなかった。開けてしまえば、もう埋められない。その緊張が、指の先まで満ちていた。
その日、師匠が私に言った言葉を、私はずっと覚えている。「笛は竹が八割だ。お前が作るのは残りの二割。竹の声を邪魔するな」。八割は竹で、二割が私。それを聞いて、私は少し気が楽になったような、それでいて、二割の重さに身が引き締まるような、不思議な気持ちになったのを覚えている。
穴を開け終えたら、自分で吹いて確かめる。職人は、奏者でもあらねばならない。祭囃子の笛の注文は、これがまた難しい。同じ「六本調子」と言っても、里ごとに囃子が違うのだ。隣の村の笛では、その村の祭りの音にならない。割れた笛が修理に持ち込まれることもある。糸を巻き、漆で固めて補強する。どの笛にも、その土地の音が宿っている。
あれから二十四年。何本の笛を作ったか、もう数えていない。笛づくりとは竹を加工する仕事だと思われがちだが、本当は、竹の声に耳を澄ます仕事なのだと、いまでは思う。私は作っているのではなく、聞いているのだ。あの竹藪で師匠の背中を見た日から、私は竹の声の観察者になった。竹の声が、俺をいまの俺にしてくれた。工房の棚には、今日もまだ、若い竹が静かに眠っている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。