核は強い。宛先不明で戻ってきた、自分の書いた字。二年分の歯石が下の前歯の裏に帯のように回っていること。来ない人のカルテが来る人と同じ列で五十音順に待っていること。「ご無沙汰してしまって」に「お久しぶりです」とだけ返す、責めない言葉の選択。この四点だけで一本立つ。問題は、書き手がそれを信用しきれず、最終段で「細い糸」という出来合いの比喩を持ち出して全部を回収し、消毒液の匂いと白い光で場面を額装してしまっていることだ。職業エッセイは、職業の手つきで嘘をつくと全部が嘘に見える。リコールの実務にも、見ていない数字がある。
「リコールはがきは、患者さんとこの場所をつなぐ、細い糸なのだと思う。出してもすぐ切れる糸、二年たわんで戻ってくる糸、宛先不明で途中で切れてしまう糸。」
これがいちばん安い。「細い糸」は、手紙・縁・つながりを書くどのエッセイにも貼れる既製の比喩で、カモシタリエである必然がない。しかも一度出した比喩を「切れる糸/たわむ糸/途中で切れる糸」と三回展開して、ご丁寧に意味を割り当てている。比喩で言い直さなくても、戻ってきたはがきの輪ゴムと、二年分の歯石は、すでにそれ以上のことを言っている。糸の比喩は核を弱める方向にしか働いていません。
「私の仕事は、その糸を半年ごとに結び直すことだ。(中略)今日も診療室の光は、白く静かに灯っている。」
「私の仕事は〜することだ」は、過去二作の結びでも使った型で、もう手癖になっています。そこへ「白く静かに灯っている」の静物画で締める。これは余韻の偽装です。読者に渡すべき余白を、作者が先に埋めている。前作の講評で同じことを指摘されたはずで、同じ判子をまた押している。
「窓の外には季節の移ろいがあって、診療室にはいつものように消毒液の匂いが静かに満ちていた。」
「季節の移ろい」「匂いが静かに満ちていた」。雰囲気だけで職場を安く調達しています。しかもこれは染め出しの第一稿で叩かれた「冬の柔らかな光/消毒液の匂いが静かに満ちていた」のほぼ再利用で、テンプレートに戻っている。はがきを書く机なら、出てくるのは「季節の移ろい」ではなく、宛名書きのボールペンのインクの減りか、台帳の半年前のページの折り癖か、切手の枚数のはずです。
「その『うわ』は〜の声だったのかもしれない」——いや、これは前作だ。本作では「あるいは、ただ受け取りたくなかった人。」「もう歯のことを考えなくてよくなったのか、棚は何も言わない。」
戻ってきたはがきの理由を「引っ越した人。番地が変わった人。あるいは、ただ受け取りたくなかった人。」と三択で並べるのは、書き手が決めかねている保険です。語り手は宛名を書いた本人で、スタンプの文字も読んでいる。「転居先不明」とまで引用しておきながら理由を三つに散らすのは、観察ではなく推量です。来ない理由は語り手にもわからない——それでいい。わからないなら、わからないと一行で言い切るべきで、三つ並べて余韻にするのは違う。
「四枚目を書いた手応えのなさを覚えている。」「これがリコールはがき四枚分の時間だ、と思った。」
「四枚分」は本作の屋台骨なのに、四枚の根拠が曖昧です。半年ごとなら二年で四回——なら一枚目はいつ出したのか。前回処置の直後か、半年後か。本文は「前回の処置のあと、次の半年のはがきも、その次も出した」と言うが、これだと三枚にしかならない。実務に厳密なはずの語り手が、自分の出したはがきの枚数を数え違えている。ここがブレると「四枚分の歯石」という最強の核が崩れる。歯石の側も同じで、「二年分の歯石は、層になって」と書くなら、その層が何ミリで、スケーラーの何回目で外れたか——前作で4ミリと書けた手が、ここでは「層になって」で逃げています。
「返事の速さは、その人とこの場所との距離の遠さに、そのまま比例している。」
これは観察を主題文に翻訳した一行です。すぐ電話する人/三か月後の人/二年の人を並べた直後に、わざわざ「距離に比例する」と要約してしまう。要約は読者の仕事です。三人の電話のかかり方をきちんと書けば、比例の一文はいらない。同じく「責めない。来なかった半年には、その人の半年があったのだろうから。」も、「お久しぶりです」とだけ返す、という動作がすでに全部言っているのに、その意図を地の文で解説してしまっている。動作を信じていない。
「戻ってきたはがきは、輪ゴムでまとめて、しばらく抽斗に入れておく。」/「カルテが待っている時間は、はがきが往復する時間より、ずっと長い。」
前者は良いディテールだが、「しばらく」が逃げです。戻ったはがきは衛生士の一存で捨てられるのか、住所を調べ直すのか、カルテに「宛先不明」と記すのか——実務の処理が抜けている。後者は完全に解説文で、しかも「往復する時間/待つ時間」とまた対比で締めにかかっている。カルテ棚が五十音順で来ない人も同じ列に待つ、という描写は本作随一の強さなのに、その直後に時間の長短を比べる一文を足して、せっかくの即物性を抽象に薄めています。
残すべきは四つ。宛先不明で戻ってきた自分の字(輪ゴムは残し、「しばらく」をやめて、その後どう処理したかを一動作で書く)。二年分の歯石が下の前歯の裏に帯で回っていること(「層になって」をやめ、ミリと、二回に分けて取った事実だけで書く)。来ない人のカルテが来る人と同じ列で待つ五十音順の棚。そして「ご無沙汰してしまって」に「お久しぶりです」とだけ返す選択。削るべきは、「細い糸」の比喩、最終段の主題解説と白い光、季節の移ろいと消毒液の書き割り、戻った理由の三択、そして「距離に比例する」の要約。とりわけ「四枚」の算え方を本文で一度きちんと合わせること——一枚目を前回処置の半年後と決めれば、二年で四枚目はぴったり合う。意味は枚数と歯石が運ぶ。比喩が運ぶのではない。