カモシタリエ(33歳・歯科衛生士11年)
リコールはがきを出すのも、衛生士の仕事のうちだ。定期検診の案内を、前回の処置から半年経った人に送る。文面は決まっている。「お口の健康診断のお時間です。前回のご来院から半年が経ちました。お忙しいところ恐れ入りますが、お電話にてご予約をお願いいたします」。診療の合間に、予約台帳から半年前のページを繰って、宛名を一枚ずつ書く。窓の外には季節の移ろいがあって、診療室にはいつものように消毒液の匂いが静かに満ちていた。
はがきへの返事は、電話で返ってくる。「はがきが来たので」と言って、人は予約を取る。出してすぐ、その週のうちに電話をかけてくる人がいる。きっちり半年ごとの予約をもう体に入れている人だ。三か月ほど経って、思い出したように電話をくれる人がいる。机のどこかにはがきを置いたまま、それが目に入った日にかけてくる。返事の速さは、その人とこの場所との距離の遠さに、そのまま比例している。
返ってこないはがきもある。宛先不明で、こちらの手元に戻ってくる。転居先不明、と赤い字でスタンプが押されて、私の書いた宛名の上に重なっている。引っ越した人。番地が変わった人。あるいは、ただ受け取りたくなかった人。理由はわからない。戻ってきたはがきは、輪ゴムでまとめて、しばらく抽斗に入れておく。私の書いた字が、誰にも読まれずに往復して帰ってきた、その重さだけが手に残る。
その人のことは、はがきを書きながら覚えていた。二年、来ていなかった。前回の処置のあと、次の半年のはがきも、その次も出した。返事はなかった。三枚目を出すかどうか、先輩に訊いたら、出していい、と言われた。四枚目を書いた手応えのなさを覚えている。それでも電話が鳴って、その人の名前が予約台帳に戻ってきたとき、私はカルテ棚の奥から、二年分埃をかぶったその人のカルテを抜いた。
二年ぶりの口の中は、二年を記録している。歯石の付き方が違う。半年ごとに来る人の歯石は、薄く、スケーラーの先で軽く弾けば取れる。二年分の歯石は、層になって歯の根もとに固まり、何度も角度を変えて当てないと外れない。下の前歯の裏に、ぐるりと帯のように回っている。これがリコールはがき四枚分の時間だ、と思った。本人は、それを知らずに二年を暮らしてきた。
ユニットに座るなり、その人は「ご無沙汰してしまって、すみません」と言った。来なかったことを謝る人は多い。そういうとき、私は「お久しぶりです」とだけ返すことにしている。「二年ぶりですね」とは言わない。「どうして来なかったんですか」とも訊かない。責めない。来なかった半年には、その人の半年があったのだろうから。言い回しは、染め出しのときと同じだ。主語を人にしない。「歯石がたまっていますね」と、たまった物のほうを主語にする。
カルテ棚には、何年も動いていないカルテが並んでいる。五十音順に背を揃えて、来ない人のカルテも、来る人のカルテと同じ列で待っている。一年来ない人。三年来ない人。引っ越したのか、別の歯科に移ったのか、もう歯のことを考えなくてよくなったのか、棚は何も言わない。ただ、その人がいつか電話をくれたときのために、抜かずに残してある。カルテが待っている時間は、はがきが往復する時間より、ずっと長い。
二年ぶりのその人の歯石を、私は二回に分けて取った。一度に全部は取りきれない量だった。次の予約を、その人は帰り際に自分で取っていった。半年後の同じ曜日。台帳に名前が書き込まれて、はがきを出す手間が、ひとつ消えた。私の書いたはがきが、二年と四枚を経て、ようやく返事になった瞬間だった。
リコールはがきは、患者さんとこの場所をつなぐ、細い糸なのだと思う。出してもすぐ切れる糸、二年たわんで戻ってくる糸、宛先不明で途中で切れてしまう糸。私の仕事は、その糸を半年ごとに結び直すことだ。返事が来ても来なくても、また次のはがきを書く。誰かの口の中が、四枚分の時間を記録してしまう前に。今日も診療室の光は、白く静かに灯っている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。