核は強い。「磨いたつもり」を赤い色にして突きつける薬剤、大人には使わない理由(プライド)、それでも見たいと希望する人、右利きの左下・急ぐ人の奥歯という癖の地図、鏡を一緒にのぞく親密さ、そして「うわ」というひと声。素材はそろっている。問題は、書き手がこの素材を信用せず、光と匂いの書き割りで場面を立て、留保語尾で逃げ、最終段で「染め出しは鏡だ」と自分で解説して回収してしまっていることだ。前作「半年ぶりの、口の中」の第二稿でいったん削ったはずの癖が、二作目でそっくり再発している。職業エッセイは、職業の手つきがブレた瞬間に全部が嘘に見える。
「窓の外には冬の柔らかな光が差していて、診療室にはいつものように消毒液の匂いが静かに満ちていた。」
光、匂い、静けさ。前作のレビューで名指ししたのと同じ三点セットで「それっぽい職場」を安く調達しています。染め出しの話をするなら、出てくるべきは光ではなく、綿球に含ませた液が指先に赤く移ること、ゆすいだ後のうがい水がうっすらピンクに濁ること、染め出し液独特の薬っぽい甘さのはずです。匂いを書くなら消毒液ではなく、染め出し液そのものの匂いを書きなさい。雰囲気が人物より先に立っている。
「その『うわ』は、責められたのではなく、自分の手の癖をはじめて外から見た人の声だったのかもしれない。」「癖は、人格のように磨き方に現れるのだと思う。」「なんとも言えない近さだった、と思う。」
この語り手は、ミリを読み、染まった面を数える、断定で生きている職業です。それなのに肝心の観察が「かもしれない」「と思う」で薄められている。前作第二稿で「磨けているのに4ミリだった、あの矛盾だ」と言い切れた人が、二作目でまた保険をかけている。とくに「だったのかもしれない」は逃げ。その「うわ」を実際に聞いた衛生士なら、声の高さも、相手がそのあと口を閉じたか笑ったかも、知っているはずです。
「染め出しの赤は、結局のところ、その人の『つもり』を映す鏡なのだと思う。私たちは誰でも、磨いたつもりで生きている。」
染め出しは染料であって鏡ではない。それを「映す鏡」と言い換えた瞬間に、具体物が人生訓のための道具に格下げされます。しかもこの段は「私たちは誰でも」と主語を人類に広げ、口の中の話を人生一般の話にすり替えている。これは前作レビューで指摘した「成長譚の判子」と同じ動作です。エッセイの主題を主題文として書いたら、それは要約であってエッセイではない。
「あの赤を一緒にのぞいた時間が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日も診療室の光は、白く静かに灯っている。」
これは前作の第一稿の末尾(「私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日もユニットのライトは、白く静かに灯っている。」)と、ほぼ同一の文型です。レビューで「どの起源神話エッセイの末尾にも貼れる汎用シール」と斬ったその文を、同じ書き手が二作目でまた貼っている。道具の静物画(光が灯る)で締める余韻の偽装も再犯。同じ人物の二作目なら、せめて締めの型は変えるべきです。
「染まり方の濃淡は、半年ごとに少しずつ変わっていく。」
「濃淡」は概念であって観察ではない。実際に染め出した人間なら、古いプラークは濃く(青みがかった紫に近く染まる二色性の液さえある)、ついたばかりの汚れは薄ピンクにしか染まらない、という差を知っているはずです。それを書けば、染め出しが「いつから残っているか」まで映す道具だと分かり、エッセイの射程が一段深くなる。今のままでは「少しずつ変わる」という誰にでも言える一行で逃げています。
「私は手鏡の角度を少し変えて、奥が映るようにする。」
このエッセイの心臓は「鏡を持たせて一緒に見る」親密さのはずなのに、その鏡の運用が一行で流されています。誰が鏡を持っているのか(患者本人か、衛生士か)。奥歯の内側を本人に見せるには、ミラーを口の中に入れて手鏡に映す二段の操作が要る。その手の段取りこそが、この職業にしか書けない親密さの正体です。道具の手つきを省いたから、親密さが「奇妙な親密さがある」という説明語に痩せている。
「『つもり』を一度見た人は、見る場所が変わる。それがうれしかった、と言ってしまうと安いだろうか。」
後半の自問(「安いだろうか」)は、安いと分かっていて書く保険です。分かっているなら削ればいい。前半は教師の回想にも上司の回想にも置ける汎用文。この語り手だけが書けるのは「次の検診で奥歯の赤が薄くなっていた」という所見の側で、感想ではありません。うれしさは、薄くなった赤と、本人が自分から奥をのぞいた動作が運ぶ。説明は要らない。
残すべきは五つ。赤く浮かぶ「つもり」と本当に磨けた場所の差、大人に使わない理由(プライド)と「見たい」と希望する人、右利きの左下・急ぐ人の奥歯という癖の地図、二段のミラー操作で奥を一緒にのぞく親密さ、そして次の検診で薄くなった赤。削るべきは、光と匂いの書き割り、留保語尾、「鏡なのだ」の主題解説、「私をいまの私にしてくれた」の使い回しの結び。改稿では、染まり方の濃淡を「古い汚れは濃く、ついたばかりは薄い」と具体で押さえて射程を作り、親密さは手鏡を渡す動作で書いてください。意味は動作と所見が運ぶ。比喩が運ぶのではない。