染め出しの、赤
磨いたつもりの、その先

カモシタリエ(33歳・歯科衛生士11年)

染め出し液という薬剤がある。綿球に含ませて歯の表面に塗ると、磨き残しのプラークだけが赤く染まる。きれいに磨けている面は染まらない。だから染め出しは、磨いた「つもり」と、本当に磨けた場所との差を、目に見える色にして突きつける道具だ。窓の外には冬の柔らかな光が差していて、診療室にはいつものように消毒液の匂いが静かに満ちていた。

主に子どもの予防処置で使う。乳歯の生えかわりの時期の子に、ブラッシング指導とセットで染め出すことが多い。綿球を当てて、軽く水でゆすいでもらうと、赤がふっと浮かび上がる。前歯の表はきれいなのに、歯と歯ぐきの境目の、ほんの一ミリの帯だけが赤い。本人はそこを磨いたつもりでいる。「つもり」と書けるのは、染め出しがその境界を引いてくれるからだ。

大人にはあまり使わない。プライドの問題、と先輩には教わった。三十も四十も過ぎた人に「ここ、磨けていませんよ」と赤で示すのは、角が立つ。だから大人の口の中は、たいていプローブとスケーラーの数字だけで読む。けれど、たまにいる。希望する大人の患者さんが。「私、ちゃんと磨けてますか」と訊いてくる人が。自分の「つもり」を、いちど見てみたい人が。

その日も、四十代の男性が「やってみたい」と言った。綿球を当て、ゆすいでもらう。鏡を渡して、一緒にのぞき込む。本人は、わりと自信があったらしい。けれど右の下の奥歯の内側が、帯のように赤く染まっていた。本人は「うわ」と小さく声を漏らした。その「うわ」は、責められたのではなく、自分の手の癖をはじめて外から見た人の声だったのかもしれない。

染め出しの赤が示すのは、たぶん技術の問題ではない。癖の問題だ。右利きの人は、左下が磨きにくい。ブラシを持つ手が遠いから、どうしても圧が弱くなる。急ぐ人は、いちばん奥の歯の、いちばん奥の面が赤くなる。前歯はみんな丁寧に磨く。鏡で見える場所だから。見えない場所に、その人の暮らしのリズムが残る。癖は、人格のように磨き方に現れるのだと思う。

鏡を持たせて、一緒に見る。この時間には、奇妙な親密さがある。私は手鏡の角度を少し変えて、奥が映るようにする。「ここ、見えますか」と訊く。相手は口を開けたまま、自分の口の中をのぞいている。半年に一度しか会わない人の、口の中の赤を、二人で見ている。なんとも言えない近さだった、と思う。

ブラッシング指導の言い回しには、決まりがある。「磨けていません」とは言わない。「ここに少し残りやすいですね」と言う。主語を人ではなく場所にする。ブラシの毛先を四十五度に当てて、と手を添える。次の半年で、その赤が薄くなっていることもある。同じ場所がまた染まることもある。染まり方の濃淡は、半年ごとに少しずつ変わっていく。

あの男性は、次の検診で、奥歯の赤がずいぶん薄くなっていた。鏡を渡すと、今度は自分から奥をのぞきにいった。「つもり」を一度見た人は、見る場所が変わる。それがうれしかった、と言ってしまうと安いだろうか。

染め出しの赤は、結局のところ、その人の「つもり」を映す鏡なのだと思う。私たちは誰でも、磨いたつもりで生きている。本当に磨けているかは、誰かに赤く染めてもらうまで、わからない。あの赤を一緒にのぞいた時間が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日も診療室の光は、白く静かに灯っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。