蔵の、湿度
他人の物だけが並ぶ部屋の、番をする

カナイヒロシ(58歳・質屋三代目)

質屋の仕事は、預かった品物を、預かったときの状態のまま返すことだ。客が金を返しに来たとき、時計が錆びていたり、革鞄にカビが浮いていたり、着物に虫が入っていたりしたら、それは私の落ち度になる。だから私は、品物に何もしないために、毎日たくさんのことをする。

蔵には温湿度計が掛かっている。私は一日に二回、朝と夕に、その針の指す数字を記録帳に書き写す。気温と湿度、それと日付。祖父の代から続いている習慣で、同じ形式の記録帳が、蔵の隅の戸棚に何十冊も積んである。背表紙が日に焼けて、古いものから順に色が薄い。蔵の中には時が眠っていて、その帳面だけが時を数えているようだった。

湿度は六〇パーセントの前後でなければいけない。乾きすぎれば革が割れ、湿りすぎれば金属が錆び、紙物にはカビが来る。梅雨どきには除湿機を回し、冬の乾く時期には水を張った桶を置く。数字が動けば、私が動く。針が落ち着くまで、私はその場を離れない。誰のためでもなく、ただ品物のためにそうしているのだと思う。

棚は桐でできている。桐は湿気を吸い、乾けば吐く。だから箱の中の湿りが、ひとりでに一定に保たれる。棚と棚のあいだには防虫香を吊るす。蔵の扉を開けると、まずあの匂いが来る。樟脳と、桐と、古い和紙の混じった匂いだ。三十年以上嗅いでいるから、もう自分では分からないが、はじめて来た客はみな、少し顔を上げる。

棚の配置には決まりがある。流質期限の近い品物ほど、扉に近い手前の棚に置く。期限の遠いものは奥だ。だから蔵の奥から手前へ、品物は少しずつ移っていく。期限が来て流れれば、店頭のガラスケースへ出ていく。期限の前に元金が返れば、客の手へ戻る。どちらにしても、手前の棚はいつも入れ替わっている。奥は、静かだ。

預かった時計は、機械物だから、止めておくと油が固まる。だから私は、自動巻きの時計を巻き上げ機に掛けておく。台に載せると、台がゆっくり回って、振り子の代わりに機械を動かし続ける。何十個もの時計が、めいめいの時刻を指したまま、同じ速さで時を刻んでいる。私はぜんまいは巻くが、腕には着けない。他人の物だからだ。手入れはする。使いはしない。それが、預かるということだ。

品物には質札の控えがある。番号と、流質期限の日付。蔵の中で、品物は名前を持たない。誰が持ってきたのか、なぜ手放したのか、私は知らないし、知る欄もない。私が知っているのは、三〇四番が革のいい鞄だということ、三一二番のぜんまいの戻りが少し鈍いこと、それだけだ。事情は帳簿の外にある。

蔵の扉は重い。厚い土壁の中に鉄の扉があって、閉めると、外の音が消える。店先の電話も、通りの車も、聞こえなくなる。中にいるのは、私と、他人の品物だけだ。番号で呼ばれるものたちのあいだを歩いて、湿度計の針を見て、巻き上げ機の音を聞く。静かだが、寂しくはない。たぶん、ここにあるものは全部、誰かが取りに来るかもしれないものだからだ。

三十三年、私はこの蔵の番をしてきた。考えてみれば、蔵というのは、他人の人生の保管庫なのだ。手放したくないものを、手放さずに済むかもしれない場所に、預かっておく。私は、その時間の湿度を一定に保っている。記録帳は今日も二行増えた。針は静かに六〇を指している。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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