核は強い。氷点下でセルが回りきらず「キュル、キュル、と弱って、そのまま黙る」一台、ウインチで斜めの荷台を這い上がる動かない車、溝の深いまま外されるスタッドレス、塩でやられて下から終わる雪国の下回り。この書き手は、冬という季節を「車の死因」として手で触っている。そこは本物だ。問題は、その本物を信用せず、白い息と冷えた構内で叙情の額縁を先に組み立て、最終段で「冬が寿命を決めるのだ」と自分で主題を言い、おまけに自分を許してしまっていることだ。職業エッセイは、職業の手つきで嘘をつくと全部が嘘に見える。バッテリーの相場とウインチの段取りに、もう一段の具体が要る。
「冬という季節が、毎年、車の寿命を決めているのだ。バッテリーの一回の沈黙が、一台の最後を呼ぶ。動かなくなった車を見送るたびに、僕は少しだけ、自分の仕事を許せる気がする。」
本文がすでに見せていたことを、最終段で主題文として言い直しています。「冬が寿命を決める」は第2段の「バッテリーひとつが、一台の寿命を決める引き金になる」で既に出ており、二度言えば値打ちが半分になる。さらに悪いのは末尾の自己赦しで、「自分の仕事を許せる気がする」は、どの職業エッセイの末尾にも貼れる汎用シールです。許す/許さないという情緒を持ち込んだ瞬間、淡々と車を仕分けてきたこの語り手が、急に文学青年に化ける。読者に渡すべき余白を、作者が先に埋めています。
「冷たい朝の光が構内の鉄に当たって、白い息を吐きながら、僕は今日も一台、車を迎えにいく。役目を終えた車が、最後にこの季節を選んでやってくるのには、たぶん理由がある。」
冷たい光、鉄、白い息。冬の三点セットで「情緒ある現場」を安く調達しています。しかも「車が、最後にこの季節を選んでやってくる」と、車に意志を持たせて運命のドラマに仕立てている。バッテリーは寒さで化学反応が鈍るから上がる——理由は科学であって運命ではない。十六年この仕事をした人間の口から出るのは、選んでやってくる車ではなく、何度キーをひねったか、何ボルトまで落ちていたか、のはずです。「白い息」は第8段にも出てきて、書き割りが二度使い回されています。
「たぶん理由がある。」「なんとなくわかる。」「人の暮らしというのは、案外、似たもの同士なのかもしれない。」
引き取りの段取りも、バッテリーの相場も、下回りの錆も、断定で扱える事実です。この語り手は毎冬それを数えている。なのに肝心のところが「たぶん」「なんとなく」「かもしれない」で逃げている。とくに「この冬、何台ぶんの朝がここで終わったのかが、なんとなくわかる」は致命的で、バッテリーの山を見て本数を読める人間が「なんとなく」で済ますはずがない。何個積めば何台、と数えているはずです。留保語尾は、怯えた若手の心理ではなく、断言を避ける作者の保険に見える。
「相場は鉛の地金の値で動いて、キロいくらで決まる。重いものほど金になるのが、この仕事の常だ。」
「キロいくら」は概念であって観察ではない。実際に毎冬バッテリーを売っている人間なら、数字が一つ出るはずです(一個何キロで、いまキロ何十円、一山でいくら、で済む)。「重いものほど金になる」も一般論で、この車種のこのバッテリーは大きい、という個別が出てこない。同じく「スタッドレス」も、山と溝で仕分けると書きながら、残溝何ミリで中古に回すかの線引きがない。職業の数字が書けていないので、相場の話が伝聞のように見えます。
「荷台の角度、ワイヤーの取り回し、輪止めのタイミング——ここを間違えると車が横を向く。」
ウインチの段取りを語る、いちばん効くべき箇所が、語句の列挙で終わっています。「角度」「取り回し」「タイミング」と並べただけで、どの順で何をするのかが書かれていない。フックを掛けて、ギアをニュートラルにして、サイドを解除して、ワイヤーを巻く——その順序の一つを飛ばすと車が横を向くから怖い、という具体があってはじめて「横を向く」が効く。せっかくの現場の手順を、いちばん見せたい場所で抽象語に逃がしています。
「上はきれいなのに、下から先に終わっている。」「タイヤは新しいのに、車のほうが先に終わる。」「新しいタイヤだけが、車より長く生き延びていく。」
「○○なのに××が先に終わる」という同じ対句が、スタッドレスの段と下回りの段で三度繰り返されます。一度効く形を、続けて使うと型が見えて、皮肉が説教になる。とくに「新しいタイヤだけが、車より長く生き延びていく」は、観察ではなく作者の感慨で、溝何ミリのスタッドレスをどの棚に立てかけたか、という動作で見せれば足りる話です。意味は動作が運ぶ。対句が運ぶのではない。
「一年の終わりに、身のまわりを整える。その整えるもののなかに、車が入っている。」
この二文は、不用品回収にも、遺品整理にも、そのまま置けます。年末の依頼の波を書くなら、この語り手が見た固有のもの——庭で何年雪をかぶっていたか、ナンバーは切れていたか、タイヤが地面にめり込んでいたか——を書かなければ、年の瀬の現場は存在しないのと同じです。すぐ後ろの「雪をかぶっていた一台」のほうがよほど効いているので、抽象の二文はむしろ邪魔をしています。
残すべきは四つ。氷点下でセルが「キュル、キュル、と弱って、そのまま黙る」音、ウインチで斜めの荷台を這い上がる動かない一台、溝の残ったスタッドレスの仕分け、塩で下から終わる雪国の下回り。削るべきは、冷たい光と白い息の書き割り、車が季節を「選ぶ」という運命化、留保語尾、三度の対句、そして最終段の主題解説と自己赦し。改稿では、バッテリーの相場を一つの数字で押さえ、ウインチを順序のある動作で書き、結びは正月明けの静かな構内とバッテリーの山だけで閉じてください。冬が寿命を決めるとは、書かない。山の高さが言う。