カナスギレオ(38歳・自動車解体業16年)
冬は引き取りが増える。十六年、毎年そうだ。寒くなりはじめてから年末まで、電話が立て込む。多いのはバッテリー上がりだ。寒さで弱った鉛のバッテリーは、夏なら回ったセルが、氷点下では回りきらない。キュル、キュル、と弱って、そのまま黙る。それまで「まだ乗れる」と思っていた人が、その朝に手放すと決める。引き取りに行って訊くと、半分はこれだ。
かからない車は自走で荷台に上がらないから、ウインチで引く。順がある。シフトをニュートラルに入れ、サイドブレーキを解除し、牽引フックをバンパー下のネジ穴に締め込む。輪止めはまだ外さない。ワイヤーを張って、たるみが消えてから輪止めを抜く。この順を一つ飛ばすと、引いた拍子に車が横を向く。冷えた金具は指に貼りつく。ウインチが唸って、動かない一台が斜めの荷台を這い上がってくる。
外したバッテリーは構内の角に積む。軽の小さいので十二キロ、大きいミニバンので二十キロ。鉛だから業者が買う。値は地金相場で動いて、いまはキロ六十円ほど。一個でジュース二本ぶん、という勘定だ。冬のあいだに山が腰の高さまで育つ。一段に並べる本数は決まっているから、何段で何本、と数えれば、この冬に何台ここで終わったかが出る。今年はもう、七十を超えた。
スタッドレスを履いたまま入ってくる廃車がある。先月履き替えたばかり、という溝の深いのもある。外したタイヤは残溝で分ける。四ミリ残っていれば中古として棚に立て、それ以下はゴムで出す。新品同様の一本に車種と年式を白いペンで書いて、棚に立てかける。それはもうこの車のタイヤではない。次の誰かの冬に履かれるタイヤだ。
雪国から流れてくる車は、下回りでわかる。リフトで上げて覗くと、融雪剤の塩でフレームが錆びて膨らみ、マフラーに穴があいている。上の塗装はまだ艶があるのに、下から終わっている。同じ年式、同じ型でも、雪のない土地の車はボルトが素直に回り、塩を浴びた車は最初の一本が折れる。錆びたボルトは、回す前から折れるとわかる。手で触れば固着の度合いが指に来る。
年末は依頼の中身が変わる。「庭の車も片付けたい」。動かなくなって何年も置かれた一台が、暮れにまとめて出る。先週引いたのは、ナンバーの切れた軽だった。タイヤが地面に半分めり込んで、ルーフに去年の落ち葉が積もっていた。ウインチで引くと、めり込んだタイヤが土をつかんで離さず、最初のひと巻きでワイヤーが鳴った。家の片隅で雪を二度三度かぶった車は、たいてい下回りより先にタイヤから地面に取られている。
正月が明けると、電話が止む。年末まで鳴っていたのが、嘘のように鳴らない。構内には、腰の高さのバッテリーの山と、仕分け途中のスタッドレスが残っている。業者が来るのは松が明けてからだ。それまで山は動かない。僕は今朝の一台ぶんのバッテリーを、いちばん上に置く。山は、また少しだけ高くなる。