カナスギレオ(38歳・自動車解体業16年)
液を抜く前に、車内の私物を出す。グローブボックスを開け、シートの下に手を入れ、トランクを開ける。出てきたものは番号を振った箱に詰めて、棚に上げる。これが済まないと、こじりも切断も始めない。十六年、毎朝この順だ。
グローブボックスの顔ぶれは、たいてい決まっている。車検証の入った黒いケース、開けかけのガム、予備のサングラス。三台に二台はこの組み合わせだ。だから例外を覚えている。みんなガムのなかで一人だけ仁丹だった老人の車、車検証ケースに二〇一一年の駐車券が挟まったままの車。同じものばかり見ているから、一個だけ違うものが手に残る。
シートの下からは、隙間に落ちたものが出てくる。十円玉、五十円玉、たまに百円玉。十年前の日付のレシート。角の丸くなったロボットの玩具。座席の下で長くこすれて、塗装の禿げた赤いロボットだった。僕は箱に入れた。それだけだ。
トランクには、その人の備えが残っている。ゴルフバッグ、スタッドレス、ビニールに包んだままの災害用の毛布。毛布はたたんで、ビニールごと箱に入れる。一度も広げられなかった折り目が、そのまま箱に収まる。
私物が出たら、持ち主に返却の電話を入れる。九割は「処分してください」だ。車を手放した人にとって、残したものはたいてい忘れていたものでしかない。ただ、たまに「それだけは取りに行きます」が来る。古いお守り、子どものシューズの片方、車検証ケースの底の一枚の写真。何を取りに来るかは、こちらには予想がつかない。理由は訊かない。訊かないのも仕事のうちだ。
警察を経由して入る車は、扱いが違う。ロックがかかっていて、こちらでは開けられない。引き渡しの書類が来るまで車内に手を入れず、遺族か代理人が来る日に、立ち会いのもとで開ける。手袋をして、出てきた順に番号を読み上げ、相手にひとつずつ確認してもらいながら箱に移す。サインをもらって、箱を渡す。早く済ませようとは思わない。遅くしようとも思わない。決められた速さで、決められた順に出す。それだけを守る。
困るのはお守りだ。処分してくださいと言われても、神様の入ったものをほかと一緒には捨てられない。同業はたいてい、たまったお守りを箱にまとめ、年に一度、近くの神社に納める。うちは正月明け、社長が菓子折りを持って氏神に頼みにいく。一個いくら、とは決まっていない。事務所の棚には交通安全のお守りが何十個も重なっている。色は赤や金で、布はどれも褪せている。
返却の連絡がつかない私物は、保管期限のあいだ棚に残る。番号を振った箱が、奥から古い順に並んでいる。期限が来た箱は、中身を決まりに従って処分し、箱は空にして、いちばん手前へ戻す。今朝の一台ぶんを詰めて、棚に上げる。古い箱が一つ、列の先頭で期限を迎えていた。