私物の、返却
廃車の車内から出てくるもの

カナスギレオ(38歳・自動車解体業16年)

液を抜いて、部品を外す前に、もうひとつ済ませておくことがある。車内の私物を出すことだ。グローブボックスを開け、シートの下に手を入れ、トランクを覗く。役目を終えた車には、たいてい、持ち主の暮らしが少しだけ残されている。それを集めて、段ボールの箱にまとめるところから、僕の一日は始まる。

グローブボックスの中身は、どの車もよく似ている。車検証の入った黒いケース、開けかけのガム、予備のサングラス、取扱説明書、コンビニでもらったような小さなタオル。判で押したように同じ顔ぶれで、まるで車という入れ物が、人間に同じ持ち物を持たせているようにも見える。人の暮らしというのは、案外、似たもの同士なのかもしれない。

シートの下からは、別のものが出てくる。隙間に滑り込んだ硬貨、子どもの小さなおもちゃ、十年前の日付のレシート。硬貨は十円玉や五十円玉が多く、たまに百円玉が混じる。座席の下で長い時間こすれて、角の丸くなった玩具のロボットを見つけたとき、僕はしばらく手を止めてしまった。この車に乗っていた家族の、にぎやかな時間が、ふっと胸に浮かんだような気がした。

トランクには、その人がどんな備えをしていたかが残っている。ゴルフバッグ、スタッドレスタイヤ、それから、たたまれた災害用の毛布。きちんとビニールに包まれた毛布を見ると、この人は来るべき何かに備えて生きていたのだなと思う。使われないまま役目を終えた備えほど、見ていてせつないものはない、と言ったら、感傷が過ぎるだろうか。

私物が出たら、持ち主に返却の連絡を入れる。電話口で返ってくる言葉の、九割は「処分してください」だ。もう車を手放した人にとって、車内に残したものは、たいてい忘れていたものでしかない。けれど、ごくたまに、「それだけは取りに行きます」という一品がある。何を惜しむかは、人によってまるで違う。古いお守りだったり、子どものシューズの片方だったり。理由は訊かない。訊かないのも、この仕事のうちだと思っている。

事故車の私物は、扱いが違う。警察を経由して入ってくる車の場合は、勝手に車内へ手を入れることはできず、決められた手順を踏んでから、立ち会いのもとで取り出す。箱に詰めるときの手つきも、自然と慎重になる。誰がどうなったのか、僕は知らないし、知ろうともしない。ただ、これは「物」ではなく「誰かの暮らしだったもの」なのだという気持ちだけは、手から離さないようにしている。

いちばん困るのが、お守りだ。処分してくださいと言われても、神様の入ったものを、ほかのゴミと一緒に捨てる気にはなれない。同業の者はたいてい、たまったお守りを箱にまとめて、年に一度、近くの神社に納めにいく。僕の工場でも、事務所の棚にお守りの箱がひとつある。色あせた交通安全のお守りが、何十個も静かに重なっている。守られなかった車から出てきたものも、たぶん、混じっている。

返却の連絡がつかない私物、あるいは「いらない」とも言われなかった私物は、保管期限のあいだ、棚の上に置かれる。番号を振った箱が並ぶその棚を、僕は時々、意味もなく眺める。期限が来れば、中身は決まりに従って処分される。誰も取りに来なかった暮らしの断片が、そこで静かに順番を待っている。

私物を出し終えて、ようやく液を抜き、部品を外す。十六年やってきて、わかったことがある。グローブボックスのガムも、シート下の硬貨も、トランクの毛布も、棚の上のお守りも、すべては、その車に乗っていた誰かの暮らしそのものなのだ。車を仕分けるとは、部品を仕分けることであり、同時に、誰かの暮らしを、そっと持ち主のもとへ返すことでもある。今日も箱がひとつ、棚にのぼる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。