コースの、順番
一人の客の、二十分について

カンザキシュウ(52歳・天ぷら職人30年)

おまかせ、と言われると、私はその客の二十分を頭の中で組み立てはじめる。同じ十二品でも、出す順番で、その夜は別の食事になる。揚げる技術の話ではない。どれを、どの順で、どの間合いで置くか。それを決めるのが、カウンターに立つ者の本当の仕事なのだと思う。お客様を思うおもてなしの心が、その順番には宿っている。

順番には理屈がある。淡白なものから濃厚なものへ。白身の魚から、貝へ。舌は、最初の一品で基準を作る。そこに濃いものをぶつけると、後の繊細な味が分からなくなる。だから鱚のような淡い白身を先に出し、海老や貝の甘みは中盤に置く。舌が疲れきる前に、いちばん効かせたいものを通す。順番は、客の舌の体力配分なのだ。

一本目は、海老にしている。おまかせの一品目は、その店の名刺のようなものだ。客は最初の一本で、今夜の店を測る。だから海老の尾の赤が、すっと立っていなければならない。衣は薄く、噛めば身が甘い。最初の海老が決まれば、客はカウンターに体をあずける。決まらなければ、その夜はずっと客の肩に力が残る。一本目は、味であると同時に、挨拶でもあるのだろう。

魚と魚の間には、野菜を挟む。アスパラや椎茸は、箸休めの役だ。脂や甘みが続いたあとに、青いものの軽さや、茸の出汁が入ると、舌がいったん戻る。戻ったところで、次の濃い一品が、また新しく効く。野菜は脇役のように見えて、実は順番の関節になっている。アスパラの一本が、前の貝と後の穴子を、別々の味として立たせている。

客の食べる速度を、私はずっと見ている。早い客は、置いた端から箸が伸びる。遅い客は、一品を味わって、間を置く。揚げ場から、それを横目で測る。早い客には、衣の色を追いながら、次をもう鍋に入れておく。遅い客の前で先に揚げてしまえば、いちばんいい頃合いが皿の上で過ぎていく。揚げ始めるタイミングは、客の箸の速さが決めている。

お任せ、の中にも、対話はある。最初に一言だけ訊く。苦手なものと、アレルギーはないか。それだけは、こちらの勝手では決められない。蕎麦のアレルギーがあれば、衣の打ち粉から変える。貝が苦手と言われれば、その夜の中盤の設計を、丸ごと組み替える。「お任せ」は、客が全部を預けることではない。預けてよいと客に思ってもらうための、最初の短い確認なのだと思う。

〆を何にするかで、その夜の着地が変わる。かき揚げを天丼にして甘いタレで落とすか、天茶にしてさらさらと流すか。たっぷり食べた客には、出汁の天茶で軽く抜く。物足りなそうな客には、天丼でしっかり締める。同じかき揚げでも、丼と茶では、別れ際の余韻がまるで違う。最後の一品は、二十分の食事に打つ、句点のようなものだ。

同じ種を、同じ油で揚げても、順番が違えば、その夜は違う食事になる。淡白から濃厚へ、白身から貝へ、間に箸休めを挟み、客の速度を見て、最初に苦手を確かめ、最後を丼か茶で着地させる。順番が、一回の食事を作るのだ。私は今日も、おまかせと言われた客の二十分を、頭の中で組み立てている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。