灯油の、冬
十一月、スタンドの一日が二重になる

カラサワユウジ(48歳・ガソリンスタンド店長26年)

十一月に入ると、スタンドの一日が二重になる。店頭で給油をしながら、もう一つ、軽トラでの灯油の巡回配達が回りはじめる。夏のあいだ倉庫で眠っていた配達伝票の束を出してきて、輪ゴムをかけ直す。冬が来た、と、私はその束の厚みで知る。

朝、空がまだ白む前に、外の冷たい空気が頬を刺す。私はローリーから軽トラのタンクに灯油を移し、ホースの先の滴を確かめる。澄んだ灯油の匂いが、冬の朝の匂いと混ざって、なんともいえない郷愁を誘う。子どものころ、祖母の家のストーブの匂いが、たしかこんなだった。

灯油の注文の電話は、寒波の予報と連動している。テレビが「週末は今季一番の冷え込み」と言った日の夕方から、電話が鳴りやまなくなる。天気予報がスタンドの繁忙を決めているのだ、と思うと、おかしくもある。「すみません、今日中にお願いできますか」。声はたいてい、すこし慌てている。

配達の家には、二通りある。ポリタンクを玄関先に出しておいてくれる家と、壁際にホームタンクを据えた家だ。ポリタンクの色は地域によって違うらしく、こちらでは赤が多いが、隣の市から越してきた家は青を使っている。ホームタンクの家は、横腹のゲージを見れば残りがわかる。針が赤い帯に入っていれば、満タンにして帰る。

いちばん体にこたえるのは、二階まで階段で灯油を上げる家だ。十八リットルのポリタンクは、満タンで十五キロを超える。年配の方の家が多く、「悪いねえ、毎度」と言われる。私は手すりの側の手で支えながら、一段ずつ上がる。その重さを、私はもう何百回と運んできたはずなのに、冬のはじめの一回目は、いつも少しだけ重く感じる。

シーズンの初回は、試運転に気をつけてくださいと声をかける。夏のあいだ動かしていないストーブは、芯にほこりがたまっていることがあるからだ。けれど近ごろは、灯油をやめてエアコンにする家が増えた。とくに暖冬の年は、春になって「来年から要りません」と言われることが多い。配達先の数が、すこしずつ減っていく。

三月の終わり、その年の最後の配達に回る。「また今年の冬に」と、玄関先で挨拶を交わす。一年のうち半分だけの付き合いが、何年も続いている。名前も知らない、夏のあいだは顔も見ない。それでも冬が来れば、私はまたその玄関の前に軽トラを停める。考えてみれば、不思議な縁だ。

給油口の前でタイヤを見るように、私は灯油を運びながら、その家の暮らしを見ているのだと思う。ポリタンクの置き方、玄関の段差、出てくる人の手のかじかみ方。灯油の冬は、人と人とのつながりの季節なのだ。だから私は、配達先が一軒減るたびに、すこし寂しくなる。それでも来年の十一月、私はまた伝票の束に輪ゴムをかけ直すのだろう。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。