ケイ、二十歳、大学二回生。五月の夜、自分の部屋。ベッドに寝そべってスマホを見ている。インスタのストーリーに、山の写真をひとつ上げた。鳳来寺山、新緑、五合目あたりからの景色。少し前に登った日の写真。何枚も撮った中の一枚。
夜十一時くらいに、DM が来た。
「いい山ですね、ケイさん」
ソウタくん、と表示されている。タケウチソウタ、高校二年生、私の三歳下。去年の夏、私の所属する登山サークルが主催した、高校生も参加できる体験会で会った。それ以来、年に何回か、こうやってインスタで反応をくれる。山に行ったとき、特に。
私はベッドの上で、しばらく画面を見ている。いい山ですね。短い。短いから、迷う。
インスタに上げた写真は、その日に撮った百二十三枚のうちの一枚だった。
百二十三枚の中には、雨でカメラのレンズが曇った写真、地図を見ている自分の手がぶれた写真、休憩したときのベンチの上のおにぎり、ふくらはぎのストレッチをしている自分の姿、誰にも見せない汗の写真も含まれている。
その一枚を選ぶのに、家に帰ってから二時間くらい使った。彩度を少し上げて、空の青を強くした。雲の白を、少しだけくっきりさせた。投稿のキャプションを三回書き直して、結局「鳳来寺山、五月」とだけ書いた。
ソウタくんが見ているのは、その一枚である。彼はその一枚を見て、いい山ですね、と書いた。
私が見せたいのも、その一枚だった。だから、彼は私が見せたいものを正しく受け取ったことになる。それは、嬉しいような、戸惑うような、ことだった。
ソウタくんは、私を「ケイさん」と呼ぶ。三歳下の、丁寧な距離感である。
去年の体験会で会ったときも、彼は最初から「ケイさん」だった。同じサークルの大学生は、私のことを下の名前で呼ぶ。「さん」は付かない。ソウタくんが「さん」を付けるのは、彼がまだ高校生だからで、そして、私を少し憧れの対象として置いているからだろう、と気づいたのは、たぶん三回目に会った頃だった。
気づいてしまうと、戻れない。
私は、「ケイさん」と呼ばれていることを意識して、その時間を過ごすようになった。「ケイさん」として振る舞っている、という自覚が、ある。「ケイさん」は、二十歳の私の少し外側にあるラベルで、私はそのラベルに合わせて、登山の話をするときの表情を作ったりする。意識せずにそれをやっている、と言うほうが、正確かもしれない。
そして、ソウタくんが私を「ケイさん」と呼ぶように、私も誰かを「○○さん」と呼んでいる。
たとえば、登山サークルの三年上の先輩。私の中では、ずっと「○○さん」である。先輩のインスタを見ると、毎週のように山に行っていて、装備はちゃんとしていて、ロケーションは美しい。私はそれを見て、自分のあと数年後にこういう山行きができたら、と思っている。
たぶん先輩も、毎週山に行っているわけではない。ちゃんとした装備に見えるだけで、実際は中古かもしれない。ロケーションは、何百枚も撮った中の一枚かもしれない。私が見ているのは、編集された先輩である。
私はそれを、編集された先輩と知っていて、それでも「○○さん」を続けている。
ソウタくんも、たぶん、私のことを、編集された私と知った上で、「ケイさん」と呼んでいる。それは、お互いさま、ということになるのかもしれない。
今年の春、留学に行く予定だった。文学部の交換留学プログラムで、北欧のどこか、半年間。
費用の見積もりを取り直したら、二年前の倍くらいになっていた。円安、というやつである。
家族と話した。アルバイトを増やしても届かない金額だった。両親はお金を出すと言ってくれたが、それを使うのは、自分の決断ではないと思った。私は留学を諦めた。
これは、インスタには載らない。
ナミに、その後でカフェで会ったとき、私は「半分本当、半分嘘」と言った。ナミの話に対して言ったのか、自分のことを言ったのか、もう覚えていない。たぶん両方だった。半分本当、半分嘘の、そのうちの嘘の部分が、留学を諦めた春の、編集の中に、しまわれている。
ナミは、それを聞き流してくれた。聞き流す、ということが、長い友人にしかできない聞き方だ、と思う。
それでも、私は山に登る。
山に登っているあいだは、編集できない時間がそこにある。風、息、足音、地図のしわ、ふくらはぎが攣る瞬間、空腹、誰にも見られない景色。これらは、その場にいる私だけが、編集なしで触れている。
写真を撮るのは、そのうちの一瞬を残しておきたいからである。残しておきたい一瞬を選んで、家に帰ってから、彩度と雲を整えて、世界に見せる。
その整えた一枚を、ソウタくんは「いい山ですね」と言う。
それは、編集を正しく受け取っている、という意味で当たっている。そして、編集されていない時間を彼が知らない、という意味で、少しずれている。
当たっているのと、ずれているのが、同時に成立しているのが、SNS という場所なのかもしれない。
私はベッドの上で、しばらく考える。
返信を打ち始める。「ありがとう、また登ろうね」。打って、消す。「最近、忙しい?」。打って、消す。「次、一緒に行く?」。打って、消す。
最後に、「いい山だったよ」とだけ書いて、ハートマークを一つ付けた。送信する手前で、画面を消した。
それも、編集だった。
ソウタくんには、明日の朝に返そう。返さないかもしれない。
部屋の窓の外で、車が一台、信号を待ってアイドリングしている。
私は二十歳で、大学二回生で、山に登る人で、ホテルでバイトをしていて、留学を諦めて、ソウタくんに「ケイさん」と呼ばれていて、先輩を「○○さん」と呼んでいて、ナミに「半分本当、半分嘘」と言って、それを聞き流された春の中にいる。
これらの全部が、編集されている。
編集されていない部分が、もしあるとすれば、それはたぶん、いまベッドの上で、画面が消えたスマホを胸の上に置いて、天井を見ている、この時間だけだろう。
天井には、何も書かれていない。
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