コモリエミル(24歳・造園会社の見習い6年)
高校を出た年に、造園の会社に入った。木を切らせてもらえるまでには、長い時間がかかる。最初の年、私の仕事はほとんど掃除だった。緑の香りに包まれながら、親方たちが切り落とした枝を集め、地面を掃き、軽トラまで運ぶ。それだけの毎日だったように思う。
でも、掃除はただの掃除ではなかった。私が拾っているのは、親方がたった今、その木から切り落とした枝だ。どの枝を、どの長さで、どの向きから落としたのか。地面に散らばった枝を拾い集めながら、私は親方の手の跡を読んでいた。掃除をしながら、何を切ったかを見る。それが見習いの勉強なのだと、後で知った。
竹箒と熊手は、使い分けがある。葉の細かいものは竹箒で掃き寄せ、太い枝は熊手でかき集める。最初のころ、私はその順番を間違えてばかりいた。熊手で先に大きいものをどけてから竹箒で細かいものを掃く、という当たり前のことが、なぜか身につかなかったのだと思う。
脚立を立てるのも、見習いの仕事だ。立てるだけなら誰でもできる。難しいのは、上で人が作業しているあいだ、それを支えることだ。庭は平らではないから、脚立の四本の脚はたいてい、どれかが浮く。支える側が体重をかける場所をひとつ間違えれば、上の人は落ちる。支えるというのは、責任を持つということなのだと、親方は言った。
道具の手入れも教わった。刃物の研ぎは、見習いの夜の仕事だ。昼間に使った鋏や鋸を、その日のうちに研ぐ。切れない刃物で枝を切ると、断面がつぶれて、そこから木が病気になる。木を傷つけないために刃を研ぐ。切るための道具を、切られる側のために整える。この理屈を、私は研ぎながら少しずつ飲み込んでいった。
入って一年が過ぎたころ、初めて一本の木を任された。生垣の角の、目立たない一本だった。誰も見ていないような場所だ。私は緊張しながら、習った通りに切った。終わってから親方が来て、何も言わずに角の一本を見て、それから黙って次の木へ移った。あとで分かったのだが、親方は全部見ていた。見ていないようで、全部を見ている人だった。
あるとき、剪定の途中で親方が手を止めて、私にこう言った。「切るのは引き算じゃない。五年後の足し算だ。いま切る枝は、五年後に伸びる枝のためにある」。私はその場ではよく分からなかった。目の前で枝が減っていくのに、それが足し算だというのが、不思議だった。
施主の庭で仕事をすると、お茶の時間がある。縁側に座らせてもらい、出されたお茶をいただく。脱いだ地下足袋を揃え、軍手を外し、汗を拭いてから湯呑みを持つ。これも仕事のうちなのだと教わった。剪定を終えた庭を見て、施主はよく「すっきりしたね」と言う。そのとき親方は、たいてい何も言わずに庭を見ていた。施主はいまの庭を見ていて、親方は五年後の庭を見ていたのだと思う。
あれから六年、私はずっと、五年後の枝を見る側にいる。掃除から始まったあの一年が、私をいまの私にしてくれた。木の五年後の形を想像して枝を切る人たちの、一番下で。今日も私は箒を持っている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。