蔵の、訪問(第二稿)
種を売った後の、いちばん長い仕事

クマノセイ(55歳・種麹屋33年)

種を売って、それで終わりではない。売った後のほうが長い。秋から冬にかけて、私は得意先の蔵をまわる。鞄に注文台帳の控えと、たたんだ白衣を入れる。今年はまず、富山の松井酒造に行く。先代の代から四十二年、毎年同じ番号の種を送っている蔵だ。

麹室に入る前に、白衣に着替え、手を洗い、長靴を履き替える。前の晩から納豆は食べていない。納豆菌は麹菌より強い。一度蔵に入れば麹を駆逐する。だから造りの時期、蔵人は納豆を断つ。外から入る私は、なおさら断つ。精神論ではない。菌と菌の、ただの力関係だ。戸口で着替えるこの手順を、誰に教わったのでもなく、三十三年やってきた。

室に入ると、当代の松井が言った。「今年は乾きが早い」。現場の声は一言だ。私はその一言を、台帳に持って帰って分ける。種のロットか、作業か、気候か。控えをめくると、去年と同じ番号、同じ仕込みのロットを送っている。手順も例年通りだと松井が言う。残るのは気候で、この秋は確かに雨が少なかった。種は変わっていない。それを蔵に告げるのは、気の重い仕事だ。種を疑われた疑いが晴れても、礼を言われるわけではないからだ。

同じ番号の種が、蔵に入れば蔵のものになる。松井の室では、二日目に黄が深く沈む。隣町の蔵では、同じ番号がもう少し浅いところで止まる。室の壁の杉板が、松井の蔵は手の脂で黒光りしている。何十年その壁に棲んだ菌が、私の種とどうやりとりしているのか、そこから先は私には見えない。見えないところで起きていることを、私は毎年、出来上がった味のほうから逆に知る。

松井の台帳の頁には、先代の字が残っている。注文量がある年、ちょうど半分に落ちている。代替わりの年だ。当代が継いで、仕込みの石数を一度減らした。その翌々年から、量がまた戻りはじめる。欄外に先代の鉛筆で「黄一番、変えるな」と書いてある。当代に見せると、知らなかった、と言って、しばらく頁を見ていた。台帳は注文の記録だが、その蔵が何を守ろうとしたかも、こうして残っている。

帰りに、若い造り手の蔵にも寄った。外から来て蔵を継いだ人で、私の顔を見るなり「このロットの酵素力価は」と訊いてくる。私は数字で答える。答えられるようにしてある。ひととおり数字を確かめたあと、その人は少し黙って、「で、去年と同じでいいんですよね」と訊いた。数字をぜんぶ確かめた上で、最後に同じ種を頼む。先代の「いつものを」と、入口は違うが、出口は同じだった。

蔵を出る前に、できた酒と味噌を口に含む。合格不合格を見るのではない。台帳に書くのは合否ではなく、味の言葉のほうだ。松井の酒は今年、舌の上で角が立っていた。乾いた秋の分だろう。私の手を離れた一番の黄が、この蔵でこういう角になって戻ってくる。それを確かめて、白衣を脱ぐ。

帰りの列車で、台帳の余白に書く。「松井/黄一番/乾き早し=気候。室二日目に沈み深し。壁、黒し。当代へ先代の鉛筆書きの件、伝う」。それだけ書いて、鞄にしまう。次の蔵は来週だ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。