核は強い。「埋めることが一番の保存」という逆説、剥がすのには時間がかかり埋めるのは一瞬だという速度の差、後世の発掘者へのしるしとしての保護シート、剥がした全体図の画鋲の穴が四つ。この四点で一本立つ。問題は、デビュー作で身につけたはずの手つき——道具の速度で語る——を、この稿では何度も手放していることだ。叙情を既製の装置で調達し、語尾で逃げ、最後に主題を自分で解説して赦してしまう。発掘の人が書くのに、見ているのが土ではなく「気持ち」になっている瞬間がある。
「空には雲ひとつなく、現場には朝から静かな緊張が満ちていた。」
雲ひとつない空、静かな緊張。どの「最後の日」エッセイにも貼れる書き割りです。デビュー作のこの書き手は、雨や空気で場面を作らず、7.5YRの褐色とか、轆轤の指の筋とか、固有名で場を立てた。埋め戻しの朝に本当に見えていたのは、空ではなく、いつもと違って一本も道具を持っていない自分の手のはずです。直後の「掘る道具を一本も持たなかった」は良い——なら空はいらない。
「シャッターを切る音が、やけに大きく聞こえた。撮り終えたカメラを下ろすとき、なんとも言えない気持ちになったのを、いまでも覚えている。」
「なんとも言えない気持ち」は、気持ちを書かないための便利な蓋です。第一作の語り手は、感情を名指さず、手の動作で見せた人だった。ここでも要るのは形容ではなく動作で、たとえばカメラを下ろした手が、次に何を探して空をつかんだか。「やけに大きく聞こえた」も常套句。全景写真のシャッターが何回切られ、何カット撮るのが決まりなのか、その具体が一つあれば音は要らない。
「合っている。間違いなく、合っている。何度も確かめずにはいられなかった。」
同じ言葉を三回畳みかけて切迫を演出していますが、これは感情の音量を上げているだけで、何を確かめたのかが書かれていない。柱穴の径か、床のレベルか、覆土の境か——直前に自分で列挙しているのだから、その中のどれを最後に指で押さえたのかを一つ書けば、確認は演技でなく作業になる。「埋めたら二度と測れない」という核の一文が、この感情語の反復で薄まっています。
「バックホウのバケットが、用意してあった土の山をすくい、シートの上へ静かに落としていく。」
「静かに落としていく」は、八年現場にいた人の眼ではない。重機の土入れは静かではありません。エンジン音、油圧の唸り、土が不織布を打つ鈍い音があるはずで、剥がすのは無音の手作業、埋めるのは騒音の機械作業、というその対比こそ「速さ」の正体です。書き手は速度の差は掴んだのに(「剥がすのには時間がかかり、埋めるのは一瞬だ」は良い)、音の差を「静かに」で塗りつぶして台無しにしている。
「寂しさがないと言えば嘘になる。けれど、記録だけが残る、それでいいのだ。私たちの仕事は、消える前のものを書き写すことだったのだから。」
主題を、主題文として書いて、自分で頷いてしまっています。「それでいいのだ」は読者がたどり着くべき場所で、作者が先に座ってはいけない。「寂しさではなく確かさ」を書くという狙いは正しいのに、ここでは寂しさを一度名指してから打ち消すという、いちばん安い段取りを踏んでいる。報告書が納品される具体(製本、図版、白黒)はあるのだから、確かさはその物の手応えで出せます。理屈で締めないこと。
「掘り出した竪穴住居の床は、空気に触れた瞬間から壊れはじめている。」
言っていることは正しいが、これは見学者向けの説明の口調であって、八年やった人の手の記憶ではありません。空気に触れて壊れるのを「壊れはじめている」と一般論で書く人はいない。実際に見たはずです——前の現場で、雨上がりに貼り床に走っていた細いひび、霜で浮いて粉になった覆土。固有の一例があれば、説明は証言に変わる。職業エッセイは、職業の手つきで一度でも一般論に逃げると、ほかの観察まで借り物に見えます。
「エントランスの植え込みの下、ちょうどあのあたりに、千年前の竪穴住居が眠っている。住人は誰も知らない。それでいい。」
素材としては最良の場面です。が、「植え込みの下、ちょうどあのあたり」と詩的に当てるのは、図面で位置を出す職業の人がいちばんやらない曖昧さ。この語り手なら、座標で、あるいは「正面玄関の三本目の柱が、ちょうど主柱穴の真上だ」と図面の記憶で言い当てるはずです。「それでいい」も二度目の自己赦しで、5番と重複している。眠っているのは事実として置き、判断(それでいい)は読者に渡すこと。
残すべきは四つ。「埋めることが一番の保存」という逆説、剥がすのは時間・埋めるのは一瞬という速度差、後世への保護シート、剥がした全体図の画鋲の穴が四つ。削るべきは、雲ひとつない空、「なんとも言えない気持ち」、確認の三連、重機の「静かに」、そして「それでいいのだ」と「それでいい」の二度の自己赦し。改稿では、埋め戻しの音を入れて速度差を音で立て、最後のマンションは詩的な「あのあたり」ではなく図面の記憶(柱の真上)で言い当ててください。確かさは、気持ちの説明ではなく、紙と土の手応えが運ぶ。