埋め戻しの、日(第二稿)
掘り終えた竪穴住居を、土で塞ぐということ

クマシロイツキ(30歳・遺跡発掘の作業員8年)

埋め戻しの日は、道具箱を持たない。移植ごても、ガリも、刷毛も要らない。八年で、その日だけは手が空く。剥がし終えた竪穴住居の前に立って、私はいつも、置き場のない両手をズボンで拭く。

見学者に言われる。「せっかく掘ったのに、もったいない」。私は答える。埋めることが、一番の保存です。露出した遺構は壊れる。前の現場で見た。雨上がりの朝、貼り床に細いひびが一本走っていた。前の日にはなかった線だ。霜で浮いた覆土を指で押すと、粉になって落ちた。空気と水と日差しは、千年眠っていたものを、数日で崩していく。土をかけて元に戻す。それは破壊ではなく、地面の下へ返してやることだ。

埋める前に、全景写真を撮る。やぐらの上から、現場を一枚に収める。住居跡の輪郭、柱穴の並び、貼り床。これが、この遺構が地上に出ている最後の一枚になる。決まりで、同じ構図を露出を変えて三枚。三枚目のシャッターを下ろしたとき、私の手は次の道具を探して、何も握らずに止まった。撮り終えたら、もう写すものは地面にない。

写真の次は、図面の最終チェックだ。埋めたら二度と測れない。実測図を持って住居跡に降り、覆土の境を指でなぞった。柱穴の径も床のレベルも、もう取ってある。残っていたのは、この一本の境界線だけだった。指の腹に、削り残した土のざらつきが当たる。線と、地面が、合っている。確かめるのは、それで終わりだ。

確認が済むと、保護シートを敷く。黒い不織布を遺構の面に広げ、端を土で押さえる。後の世に誰かがまたここを掘ったとき、ここまでが我々の掘った範囲だと、このシートが教える。手がどこで止まったかの、しるしだ。最後に触れる作業だから、皺を伸ばす手が、いつもより遅くなる。

そして重機が入る。バックホウのエンジンが空気を震わせ、バケットが土の山をすくう。油圧が唸り、土がシートを打つ。どさ、どさ、と鈍い音が続く。剥がすときは無音だった。移植ごてが土を引く音しか、しなかった。それを、機械が音を立てて埋めていく。剥がすのは何ヶ月、埋めるのは半日。柱穴が、貼り床が、輪郭が、音のたびに順に消えた。私は土を持たない手を、ただ下げて見ていた。

並行して、現場事務所をたたむ。壁の全体図を剥がすと、画鋲の穴が四つ残った。図面棚を空にし、土色帳を箱に詰め、机を運び出して、電気を止める。何ヶ月か通った場所が、半日で平らな土に戻り、夕方にはプレハブもトラックで消えた。図面と写真は、報告書になる。製本された一冊の、白黒の図版と数字の中に、住居跡は移される。手に取ると、紙はちゃんと重い。地面はもう触れないが、この重さは、いつでも開ける。

半年後、同じ道を通った。マンションが建っていた。正面玄関のポーチ、左から三本目の柱——図面の記憶では、あれがちょうど主柱穴の真上だ。基礎の杭は、私たちが埋め戻した面の、さらに下まで届いている。住人は誰も知らない。報告書の図版に、座標が残っている。私は次の現場で、また移植ごてを寝かせる。掘るな、下げろ。手首だけで、紙一枚ずつ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。