クマザワダイチ(45歳・製粉所の職人23年)
製粉所で二十三年、小麦を粉にする工程を見張ってきた。小麦は、買ってきてそのまま挽くわけではない。まず水を打って、寝かせる。調質という。水をふくんだ皮はしなやかになって剥がれやすくなり、中の胚乳はやわらかくなって挽きやすくなる。この下ごしらえを何時間置くかで、その日の粉のすべてが決まると言ってもいい。
挽くのはロール機だ。固いロールの隙間に小麦を通して、少しずつ砕いていく。一度では粉にならない。砕いては篩い、また砕いては篩う。網の目を細かくしながら何段も繰り返して、ようやく上質の粉と、皮の混じった粉とが分かれていく。粉の等級というのは、この篩い分けの段数の名前のようなものだ。
窓から朝の光が差し込んで、舞い上がった粉が白い雪のようにきらめいていた。製粉所に入った二〇〇三年、二十二歳の春のことだったと思う。私はロール機の前で、出てきたばかりの粉を手のひらに受けて、しげしげと眺めていた。色を見て、粒の細かさを目で測っていたつもりだった。
そこへ親方が来て、私の手元をのぞき込んだ。そして言った。「粉を見るな。指で揉め」。私が戸惑っていると、親方は私の手のひらの粉を自分の指でつまんで、親指と人差し指で何度も揉んでみせた。「粉の細かさと湿りは、指が一番正確だ。目はだまされる」。それだけ言って、親方は次の機械の方へ行ってしまった。
言われた通り、私は粉を指で揉んでみた。最初は何もわからなかった。けれどしばらくすると、たしかに指の腹が、目では拾えないものを拾い始めた。さらさらと逃げる粉と、わずかにまとわりつく粉がある。同じ白さなのに、湿りが違う。挽き目の粗さも、見るよりつまむ方が、ずっとはっきりわかるような気がした。
難しいのは、小麦が毎年違うことだった。雨の多い年の小麦は水をふくんでいて、タンパクの量も違う。タンパクが多ければうどんは強く、パンはよく膨らむ。だから入荷のたびにタンパクを検査して、調質の加水も、ロールの間隔も、少しずつ変えてやらないといけない。同じ設定では、同じ粉にならない。去年と同じことをしていたら、今年は失敗する仕事なのだと思う。
用途によっても挽き分ける。うどん用の粉と、パン用の粉は、はじめから設計が違う。何の粉を作るのかが、加水も間隔も篩いも、全部を決めていく。得意先の製麺所やパン屋は、その違いに恐ろしく敏感だ。「いつもの粉と、なんか違う」。たまにそういう電話がかかってくる。数値ではどこも狂っていないのに、向こうの職人の手は違いを感じ取る。粉の安定は、信用の安定なのだ。あの電話の重さは、たぶん一生忘れない。
仕事を終えると、作業着は粉まみれになる。粉塵は管理を怠ると危ない。だから毎日、機械を拭き、床を掃き、自分の体からも粉を払って帰る。家に帰っても、まだ指先にあの感触が残っている気がする日がある。
あれから二十三年。私はずっと、粉の機嫌の観察者であり続けてきたのだと思う。目ではなく指で粉に触れることを覚えたあの日が、私をいまの私にしてくれた。今日も製粉所では、白い粉が雪のように舞い、私の指は、その日の小麦の機嫌をそっと確かめている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。