クメアスカ(30歳・写真館スタッフ8年)
「元気なうちに撮っておきたいの」と言って来店する方が、年に数人いる。多くはご高齢で、たいてい本人のほうが明るい。受付で生年月日を書きながら、もう自分のことだから笑える、というふうに笑う。私はその予約票を見て、撮影室の背景紙を一本、棚から引き出しておく。
背景紙はグレーか青を選んでもらう。グレーは顔の影が出にくく、青はきりっとして見える。見本帳をめくってもらうと、たいていの方は迷わず指をさす。青を選んだ方に理由を訊くと、「白髪が映えるから」と笑った。窓の外には冬の柔らかな光が差し込んでいて、撮影室には紙とインクの匂いが静かに満ちていた。
服装は、みなさん自分で選んでくる。意外なことに、いちばんフォーマルな服ではないことが多い。礼服でも喪服でもなく、一番好きな服。よく着る紺のカーディガン、退職のときに娘さんからもらったというブラウス、旅行先で買った帯。ハンガーにかけて持ち込み、撮影室の鏡の前で、いつもの手つきで襟を直す。
付き添いのご家族がいる撮影もある。本人が明るいぶん、付き添いのほうが言葉少なになる。私は撮影室の隅、レンズの死角になる位置に椅子を一脚置く。前のめりにならず、けれど顔は見える位置。どこに椅子を置くかで、その撮影の温度が決まるような気がして、私はいつも少し迷ってから置く。
「笑っていいのかしら」と訊く方がいる。遺影で笑っていいものか、と。店主はいつも同じことを返す。「お好きな顔でどうぞ」。命令でも許可でもない、ただ預ける言葉だ。レフ板を顎の下に少し高めに返すと、影が消えて、その人の迷いも一緒に消える。あとはシャッターの前の、構えが落ちる数十秒を待つ。
撮り直しを三回頼んだ方がいた。一回目は緊張で口元がかたく、二回目は意識して作った笑顔で目が動いていなかった。三回目、その方はふっと息を抜いて、誰にともなく「これでいいか」と呟いた。その瞬間の顔を、私は現像する前に覚えてしまった。三回目の顔は、笑っているのでも澄ましているのでもなく、ただ落ち着いていた。
納品は、データか、四つ切りのプリントか、何年もつ印画紙にするかを選んでもらう。額の見本も並べる。黒い縁、木目、細い金。データの保管期間は五年と決まっていて、その間は焼き増しを承れる。けれどその写真がいつ使われるのかを、写真館は知らない。納品したら、あとはその家の時間に渡してしまう。
知らないまま、私たちはその人の「いちばん良い顔」を預かる。考えてみれば不思議な仕事だ。いつ開くとも知れない一枚を、本人の立ち会いのもとで作り、本人に選んでもらい、そして手放す。私はしばらく、そのことの意味を考えていた。
遺影は人生最後の一枚ではなく、その人のいちばん良い顔なのだ。元気なうちに撮りに来た方々が教えてくれたのは、そのことだった。撮影室のレフ板は、今日も誰かの顎の下の影を消すために、白い面をこちらに向けて立てかけてある。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。