最後の湯を抜いた日(第二稿)
二〇一九年、三代目が栓を抜いた夜

クロダシゲル(72歳・元銭湯主人)

最後の営業は火曜だった。大人四百七十円、子ども百八十円。最終日だからと、値引きはしなかった。いつも通り五時に暖簾を出し、いつも通り釣りを渡した。表には「長らくのご愛顧、まことにありがとうございました」と、自分の字で貼り紙を出した。下手な字だ。

常連が来た。四十二人。最終日にしては多い。誰も特別なことは言わなかった。米屋の隠居が、上がり際にいつもと同じく「ごっそうさん」と言って、いつもと違って、下足札を返さずに上着の内に入れた。私は黙って見ていた。十一時、最後の一人が出ていった。

いつもなら、客が引けばすぐ掃除にかかる。その夜は番台を下りて、浴室の縁に腰を下ろした。タイルが冷たい。湯はまだ立っていた。これから、これを抜く。五十年沸かしてきた湯の、最後の一杯だ。

浴槽の底に、真鍮の栓がある。鎖を握って引き上げた。はじめは何の音もしない。湯は静かに沈んでいく。半分ほど減ったあたりで、底のあたりに小さな渦ができた。水位がさらに下がり、最後の数センチになって、ようやく、ごぼ、と吸い込む音が立った。あの音だ。湯を落とすたび、五十年聞いてきた音。栓を抜いてから抜けきるまで、いつも七分ほどだ。その夜も七分だった。私は縁に座ったまま、最後まで聞いた。

翌朝、釜を止めた。重油の主弁を締める前に、まず炊き口の火を落とし、煙突のダンパーを落とす。それでも炉の余熱で、煙突からはしばらく薄い煙が出ていた。最後に主弁を締めた。順番は祖父の代から変わらない。煙が消えるまで、私は釜の前に立っていた。

下足札を一枚ずつ抜いて、番号順に箱へ入れた。一番から、二番、三番。客の顔は、もう札と結びつかない。暖簾を竿から外して、母に教わったとおり四つにたたんだ。湿ってはいなかった。乾いた暖簾は、軽かった。

誰もいない脱衣場に立った。番台は、ただの木の箱だった。私は鍵をかけて、表へ出た。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。