クログチシノブ(46歳・市議会の会議録係21年)
議場で誰かが話す。私はそれを文字にする。会議録というのは、議員が話したことの記録ではなく、その預かり証だ。二十一年やってきて、いまだに迷うのは、言い間違いと言い直しの扱いだけだ。
反訳のフットペダルを踏むと、録音が戻る。離すと進む。整文の規程集には、基準が並んでいる。「えー」「あのー」は整理する。明らかな言い間違いは、発言の趣旨を変えない範囲で整える。ヤジは必要なものだけ「(「そうだ」と呼ぶ者あり)」と括弧で書く。基準はある。基準と基準のあいだに、判断が落ちている。
配属の年、ある議員の答弁にこうあった。「この問題はですね、えー、いや、この件は」。私は「この問題は」を消し、「この件は」だけを残した。本人が捨てた言葉だから消してよい——そう自分の感覚で判断した。規程の整文条項を引いたわけではなかった。文はきれいになった。
原稿を先輩に見せた。机に湯呑みを置く、二十年選手の人だった。先輩は言い直しを消した箇所で指を止め、言った。「発言を直すな。発言の形を整えろ。議員の言葉はその人の財産で、会議録はその預かり証だ」。整文は、聞き取れない部分を整える作業であって、話者が言い直した過程まで均すことではない。私は「この件は」を消し、「この問題はですね、えー、いや、この件は」を書き戻した。消すときは自分の感覚で、戻すときは規程の条文を引いて戻した。
委員会は別物だった。白熱すると、質問の語尾に異議がかぶさり、その上を委員長の制止が走る。ヘッドホンの中で三つの声が団子になる。ペダルで戻し、戻し、一本ずつ糸をほどく。固有名詞が出れば担当課に電話した。引用された答申の年度ひとつ、条例の正式名称の一文字。確認に半日かけた日もある。電話口で「その答申は二十三年度です、四ではなく三です」と言われ、四を三に直したとき、私が直したのは音ではなく、私の聞き違いだった。発言は直さない。聞き違いは直す。線はそこにある。
書庫で数十年前の会議録を開いたことがある。発言は「(拍手起る)」「(「異議なし」と呼ぶ者あり)」と書かれ、議員名の下には必ず「君」が付いていた。本文は、話したそのままではなく、文語に均された要約だった。当時の係は、発言を整えることを仕事と考えていたのだ。私の仕事は逆で、整えないことに神経を使う。同じ「会議録」という名で、預かり方の作法は反対を向いていた。
製本された会議録は、書庫の棚に背を揃えて並んでいる。たいてい、誰も開かない。それでも一語を確定させるのは、たぶん、いつか誰かがある議案の経緯を一行だけ確かめに来るからだ。その一行が「この問題はですね、えー、いや、この件は」だったとき、私が均してしまっていたら、その人は議員が迷った事実に出会えない。
二十一年で消した「えー」は数え切れない。ひとつも覚えていない。覚えているのは、残した言い直しのほうだ。「この問題はですね、えー、いや、この件は」。あの一行を、私はいまも、自分の感覚では消さない。