マーク(48歳、元ALT、米国在住)
土曜の朝、マークはいつものプラスチックの椅子に腰を下ろした。夜露に濡れた座面を手のひらで軽く払う。日本から持ってきた信楽焼のマグには、濃いブラックコーヒー。まだ夜の冷たさを残した空気の中、庭の芝生には前夜の雨露が光っていた。午前七時きっかり、隣人ジムのガレージのシャッターが開き、黄色いジョン・ディアが轟音を立てて現れた。新しい乗用芝刈り機だ。そのけたたましいエンジン音は、毎週土曜の朝、まるで正確な目覚まし時計のように鳴り響くのだった。
二時間、それは続く。耳栓をすることも、ヘッドフォンを使うこともなかった。コーヒーを片手に、遠くのピーカン並木ではなく、目の前の庭の隅にある、名も知らぬ低木の葉の揺れをただ見ていた。青々とした葉には、エンジン音の振動が伝わっているかのように微かに震えている。かつては苛立ちを覚えたその低い騒音も、もはや日常の一部と化していた。
慣れ、とは恐ろしいものだ。
ある日、ガレージの前に放置された錆びついたセリカ・リフトバックのボンネットが開け放たれていた。ジムは顔に点々と油汚れをつけ、古びたスパナを握りしめていた。マークは長年愛読している旧車雑誌から切り抜いたページを持っていった。それは一九七四年式セリカのオイルフィルター交換に関する詳細な図解ページだった。「ジム、もしよければ、この情報と引き換えに、日曜の午後に芝刈りをずらしてもらえないか」。ジムは汗で光る額を拭い、眼鏡越しにその切り抜きを一瞥した。少し考えた後、「悪くない交換条件だ」とだけ言った。翌週から、彼の芝刈りの時間は日曜の午後になった。マークはその小さな交渉の成功に、奇妙な満足感を覚えたものだ。
それから半年が過ぎた。ある朝、ジムは家を売り、息子が待つテキサスへと引っ越していった。彼のトラックの後に連結された黄色いジョン・ディアが、アスファルトの道を遠ざかるのをマークは庭先から見送った。一抹の寂しさと共に、少しの安堵も感じた。新しい隣人はリンダ。保育園で働く彼女は、平日は帰宅が遅く、庭の手入れは土曜の昼間しか時間が取れないという。再び土曜の午前は、以前のような静けさを取り戻した。しかしそれは、ジムのけたたましい騒音に慣れてしまった後では、どこか満たされない空白のような静けさだった。
時を同じくして、マーク自身の勤務シフトが変更になった。土曜の朝はオフィスに出勤する日が続くようになり、庭でコーヒーを飲む習慣は自然と夕方に移った。西の空がオレンジ色に染まる頃、少し冷めてしまったコーヒーを飲み干す。隣家からは、時折、微かなモーター音が聞こえてくる。リンダの電動芝刈り機だ。ジョン・ディアの腹に響くような轟音とは違い、それはまるで夏の夕暮れ時に聞こえる虫の羽音にも似た、控えめな音だった。
ある夕暮れ時、インターホンが鳴った。ドアを開けると、リンダが小さなプラスチックのタッパーを手に立っていた。疲れた表情で、申し訳なさそうにはにかむように言った。「いつもこの時間、うるさくしてしまってごめんなさい」。そして、まだ温かいオートミールクッキーを差し出した。シナモンと焦がしバターの甘く香ばしい匂いが、あたりにふわりと広がった。マークの夕方のコーヒー時間は、彼女の繊細な配慮によって、一層静かで穏やかなものとなったのだ。
ジムが持っていたスパナと、リンダが焼いたクッキー。形は全く異なるが、それらがマークの日常の些細な「配置」を少しずつ、しかし確実に変えてきた。けたたましい騒音に支配された土曜の朝から、電動芝刈り機の微かな音だけが響く夕方へ。どちらが心地良いかなど、もはや考えることもない。ただ、目の前の植え込みの葉は、今日もまた、はっきりと風に揺れている。それだけが、マークが知り得る、確かな現実だった。