へりの、柄(第二稿)
施主と相談する、唯一の場所

ミナミカワセイジ(64歳・畳職人40年)

寸法は私が測り、表は私が選ぶ。家の人が口を出せるのは、へりの柄だけだ。見本帳を膝に開く。布見本の角が、よく出る柄ほどすり切れて、めくると黒い指の脂が残っている。下のほうの北欧風の何ページかは、出してから一度もめくった跡がない。

無地、麻の葉、紗綾形、菊の段。指で撫でて、八割の人がこう言う。「お任せします」。任された私は、部屋の使われ方から選ぶ。仏間なら紋縁、子ども部屋なら擦れに強い黒っぽい綿縁。へりは畳のなかで、色と柄を持つ唯一の場所だ。表は織り目、床は見えない。人の目に触れるのは、へりだけだ。

二年目のころ、客間でへりの上を踏んで歩いて、親方に後ろから肩を掴まれた。「へりは踏むな」。それだけだった。なぜとは言われない。理由は四十年たっても知らない。ただ、いまも他人の家に上がると、足が勝手にへりを避けて運ぶ。叱られた一回が、膝から下に残っている。

縁無し畳が増えた。琉球畳風、と若い施主は呼ぶ。へりがないぶん部屋がすっきりする、市松に組むと光で濃淡が出る。見本帳を開かずに済む注文が、年々増える。仏間の表替えだけは、いまもへりを開く。格のある家ほど、紋縁を残す。

へりを縫うのは、角の仕事だ。隅でへりを三角に折り込み、内へ畳んで留める。手縫いなら、角の一針だけ引きを殺して、布の耳の盛り上がりを抑えられる。ミシンは一定の張りで通るから早いし目は揃うが、角はわずかに膨れる。素人の目には分からない。私の指は、撫でれば分かる。いまはほとんどミシンだ。

へりだけを替える修理は、ない。へりが擦り切れたら、それは表替えの合図だ。へりと表は一枚に縫い合わされていて、へりが傷むころには表もくたびれている。へりだけ新しくはできない。傷んだら、表ごと替える。畳とは、そういう構造をしている。剥がせるようでいて、剥がせない。

仏間の表替えで、老婦人が紋縁を指で押さえて言った。「これは、母が選んだ柄なんです」。先代が縫ったへりだった。表はもう替えるしかない。私は紋縁を見本帳から探した。同じ柄が、いまも作られていた。表を新しくして、母の選んだ柄で縫い直す。へりだけは、残せない。だから、同じ柄を選び直すしかなかった。

縫い終えて、戸口から畳を眺める。新しい表に、母の柄のへりが回っている。十年たてば、これも擦り切れる。そのとき、この紋縁はもう作られていないかもしれない。老婦人に、縫い上がりましたと声をかけた。婦人はへりの角に指を当て、それから、上を踏まないように、すり足で部屋を横切っていった。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。