ミナミカワセイジ(64歳・畳職人40年)
新調の畳は、廊下に養生を敷き、立てたまま運ぶ。表が生きているうちは、爪を立てれば跡が残る。指の腹で支える。い草の匂いは、運んでいる最中がいちばん立つ。匂いは私の商売道具だ。表が何年ものか、開いた瞬間の匂いの強さで見当がつく。
畳を並べ終えると、家の人が入ってくる。そして、だいたい同じことをする。畳の真ん中あたりで立ち止まり、肩が一度上がって、止まる。息を吸っているのだ。吐くときに、肩が下りる。それだけのことを、新調の家でも、置き畳を一枚買っただけの家でも、みなする。
匂いは八代のい草から立つ。泥染めをして乾かした草を織った表だ。刈り取った草を抱えて運んだ若いころの、腕にうつったあの匂いに近い。青畳と人は言うが、私には、雨上がりの土手をしばらく歩いたあとの腕の匂いだ。
「この匂い、いつまで持ちます?」とよく訊かれる。いちばん強いのは納品の日で、二、三週間で落ち着き、半年もすれば分からなくなる。近ごろは「しばらく楽しめますよ」と言ってしまうこともある。客が少し残念そうな顔をするからだ。それでも、帰りの車のなかで、本当は数週間です、と一人で言い直す。
新調の注文は減った。表替えで済ます家が増え、その表替えも減り、いまは畳の部屋を持たない家が当たり前だ。新築の図面に、和室が一部屋もないことがある。代わりに増えたのが置き畳だ。八十二センチ角の薄いものを、フローリングの隅に何枚か。「ここだけ、畳がほしくて」と言われる。洋間に、一畳に満たない島が浮かぶ。
樹脂表のサンプルも持っていく。ポリプロピレンの糸を織ったもので、色が褪せず、水を拭ける。並べて見せると、見た目はい草と見分けがつかない。先日の客は、私がやる前に自分から鼻を近づけ、しばらく動かず、それから「こっちは、匂わないんですね」と言った。残念そうでも、安心したふうでもあった。私は何と返すか決めかねて、い草のサンプルのほうを、もう一度その人の手に握らせた。
畳には目の向きがある。光の差すほうに目を揃えると、部屋が一面、均一な青に見える。納品の最後に、戸口から眺めて確かめる。揃った目が窓の光を一斉に返す。家の人がまた、肩を上げて止め、ゆっくり下ろす。
半年後、別の用で同じ家に上がった。あの新調の六畳は、窓側の二枚がもう薄茶に灼け、日の当たらない奥はまだ青みが残っていた。匂いはしなかった。鼻を近づけても、しなかった。家の人は、その畳の上で、洗濯物を畳んでいた。