モギソウスケ(47歳・看板職人25年)
看板を付ける仕事と同じだけ、外す仕事がある。新しい店ができれば付け、店が畳めば外す。月の伝票を見れば、付けと外しはだいたい同じ枚数だ。町の景色は足し算に見えて、裏で同じ数の引き算が回っている。私は両方やる。
外しは、高所作業車のバケットに乗って始まる。アンカーボルトはたいてい錆びている。六角の頭は赤茶けて角が丸まり、インパクトをかけても空回りする。だからグラインダーで頭ごと飛ばす。火花は、看板を下ろした板の上に落ちて、ジッと音を立てて消える。店じまいの戸は閉まっている。
外したあとの壁には、看板の形に四角く、そこだけ焼けていない肌が残る。まわりは二十年の日に灼かれて灰色なのに、板の裏に隠れていた部分だけが、付けた日の色のままだ。私たちはこれを「ゴースト」と呼ぶ。職人がそう呼ぶ。それ以上の説明は要らない。日焼けの境界線が、定規で引いたようにまっすぐ出ている。私はその縁を、つい目でなぞる。
古い看板を外すと、その下からさらに古い看板が出ることがある。先日は留め金の奥に、伏せたままもう一枚あった。「丸八商會」――旧字の「會」。手書きで、ペンキの盛り上がりが指に触れる。私は字間を読む人間だ。見た瞬間、「商」と「會」のあいだが間延びしているのが分かった。今の私なら一ミリ詰める間だった。店が変わるたび、前を外さず上から被せてきたのだ。私は一枚ずつ剥がす。下にもう一枚あった。「靴」とだけ読めた。
外した看板を、施主が持って帰ると言う率は高い。畳む店ほどそう言う。「丸八」のときは、板が車に積めないというので、店名の二文字を切り出した。グラインダーで「丸八」を四角く落とし、断面のバリを取って渡す。「これだけで」と言って、軽トラの助手席に立てかけて帰った。残りは私が捨てる。産廃のマニフェスト、品目は「金属くず」、数量の欄に「38kg」と書く。さっきまで「丸八商會」だったものが、伝票の上では三十八キロになる。
この前外したのは、二十年前に私が付けた看板だった。脚立の上で、若い手で一ミリ詰めた文字だ。今はバケットの上から、自分で外す。詰めた字間は、退色して逆に開いていた。私は特に何も言わなかった。ボルトを緩め、板を受け、車に積んだ。
新しい店の看板を、同じ壁に付けることもある。前のゴーストの上に、新しい板を重ねる。すると前の店の文字の輪郭が、白い四角になって透けている。新しい板がそれを隠しきれるか、私は付ける前から目で測る。縁が一センチはみ出すと、手が止まる。前の店を知っているのは、もう私だけだ。それでも私は、新しい板の字間を、また一ミリで合わせる。
ゴーストは、半年で消える。新しく当たる日に灼かれて、まわりの灰色になじむ。外した壁を、半年後にまた通る。もう四角は見えない。私は立ち止まって、見えない縁を目でなぞる。三十八キロの重さは、まだ手のひらが覚えている。今日も外しが一件、入っている。