モリシタユイ(28歳・パン屋製造担当6年)
十二月に入ると、店の空気が変わる。窓の外には冷たい雨が降る日もあって、店内にはバターとシナモンの甘い匂いが満ちて、クリスマスの温かい光がガラスケースに反射していた。一年でいちばん、パン屋がパン屋らしく見える季節なのだと思う。朝四時に入ると、レジ横にぶら下がった予約表が、いちばんに目に入る。
予約表は、十一月のうちから埋まり始める。罫線の引かれた縦長の用紙で、左から日付、名前、品名、数量、受け取りの時間、備考の欄が並ぶ。シュトーレンの予約は、十一月の半ばにはもう三枚目に入っていた。毎年同じ名前が、同じ週に現れる。私はその名前を見ると、ああ今年も来た、と思うのだった。
シュトーレンは、待つことが前提の菓子パンだ。焼いてからすぐには食べない。粉糖をたっぷりまぶして、何日か寝かせて、バターと洋酒が生地になじむのを待つ。お客さんも、買ってすぐには切らない。クリスマスまでの何日かを、毎日少しずつ薄く切って食べる。待つために焼いて、待つために買う。そういうパンなのかもしれない。
当日売りのクリスマス商品は、それとは正反対だった。ブッシュドノエルも、シュトーレン以外の菓子パンも、二十四日のその日に売れて、その日になくなる。二十四日の夕方は、店頭に行列ができた。けれど予約のシュトーレンは、もう何日も前に焼き上がって、奥の棚で静かに寝ていた。同じ十二月の商品なのに、流れる時間がまるで違っていた。
予約表をめくっていて、気づくことがある。去年と同じ名前が、今年もある。けれど数量が変わっていた。去年まで二本だった家が、今年から一本になっている。受け取りの欄の文字は同じ筆跡だった。私はその一本の差を、ただの数字として記録用紙に書き写した。それ以上のことは、私にはわからなかった。
ラッピングは、製造の私の仕事ではない。けれど忙しい日は手伝う。透明な袋に入れて、口を折って、赤と金のリボンを結ぶ。リボンの端をハサミの刃でしごくと、くるりと巻く。その一手間が、ただの菓子パンを贈り物に変えるのだった。粉糖が指について、エプロンが白くなる。十二月の私の手は、いつも少し甘い匂いがした。
そして二十五日の夕方が来る。予約のシュトーレンはあらかた引き取られ、当日の商品も売り切れて、棚が急に空く。二十六日の朝、店に入ると、いつもの食パンとクロワッサンの仕込みに戻っている。あれだけ甘い匂いに満ちていた店が、急に「普通のパン屋」に戻る。その切り替わりの早さに、毎年少しだけ、寂しさを覚えるのだった。
結局のところ、予約表は、町のクリスマスの台帳なのだと思う。誰がいつ何を待っているか、家族が増えたか減ったか、その一枚の紙が静かに記録している。シュトーレンを焼いて寝かせて待つ時間は、町の一年の暮れを待つ時間と、どこかで重なっていた。十二月の予約表が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。