三和土の、足元
古民家の土間と、素足の一歩について

モロホシナナ(30歳・左官職人8年)

三和土(たたき)は、塗らない仕事だ。鏝で面を均すのではなく、土を叩いて締める。土と消石灰とにがりを混ぜて、土間に敷いて、ひたすら叩く。コンクリートのように流し込んで固まるのを待つのではない。叩いた回数だけ、土が締まる。手を抜けば、抜いた分だけ柔い土間になる。

道具はタコと呼ぶ。樫の角材に柄をつけた、ただの重い棒だ。重さは五、六キロある。両手で持ち上げて、落とす。持ち上げて、落とす。これを何時間も続ける。左官の仕事はたいてい肩から先で繊細にやるものだが、三和土だけは違う。腰と背と、全身で土を打つ。一日叩くと、翌朝は腕が上がらない。鏝を握る仕事とは、使う身体がまるで別なのだ。

叩く順番がある。端から中へ、ではない。中心から外へ、渦を巻くように打っていく。一周打ったら、半分ずらしてまた打つ。同じところを二度三度と打ち重ねて、土の粒どうしの隙間をつぶしていく。打ち方が雑だと、表面だけ固まって中が空く。足で踏むと、こん、と乾いた音が返ってくる場所がある。そこはまだ締まっていない。音で分かる。

配合は、その土地の土で決まる。三和土の土は、よそから買ってくるものではない。その家の庭を掘った土、近くの山から出た土を使う。土地ごとに粘りが違い、色が違う。赤っぽい土もあれば、黄色がかった土もある。だから消石灰とにがりの割合も、土に合わせて毎回少しずつ変える。マニュアルの数字はない。土を握って、湿らせて、固まり方を確かめて決める。その家の土で、その家の土間をつくる。大地とつながる暮らしというのは、たぶんこういうことなのだろう。

叩き終えても、すぐには歩けない。養生がいる。一週間、十日と、ゆっくり乾かす。早く乾かそうとして風を当てたり日に晒したりすると、表面にひびが入る。ゆっくり乾くほど、土間は強くなるのだと思う。湿らせた筵をかけて、毎日少しずつ水を打つ。乾きを急がせない。叩く工程が体力なら、養生は忍耐だ。

いまの家に三和土を選ぶ施主に、理由を聞くのが楽しい。冷たくないから、と言う人がいた。コンクリートの土間は夏でも足の裏が冷えるが、三和土はそうではないらしい。硬いのに、どこか柔らかい、と。たしかに、踏んだ感触がコンクリートとは違う。固いことは固いのに、足に伝わる硬さに角がない。土間のある暮らしが見直されているのは、こういう足元の感覚なのかもしれない。

仕上がった三和土は、自分の足で確かめる。靴を脱ぐ。素足で、まだひんやりした土間に一歩のせる。乾いた土の、粉でも砂でもない、締まった面の感触が足の裏に来る。締まりの足りない場所は、足で踏めば分かる。私は端から端まで、ゆっくり歩く。叩いた回数が、足の裏に返ってくる。何時間も打った土が、いま自分の体重をしっかり受け止めている。

コンクリートは流して固める。三和土は、人が打って締める。同じ土間でも、まるで違う成り立ちだ。流された面は均一で速いが、打たれた面には、打った人の時間が入っている。何百回叩いたか、どれだけ養生を待ったか。その全部が、足元の硬さの柔らかさになって残る。三和土は、暮らしを足元から変えるのだ。土の上に立つということを、人はそこで思い出すのだと思う。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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