核は強い。ラベルの裏に正の字で書く派遣回数、倉庫の時間に育ってしまって行き先を失った大型魚、減らそうと思って減らさない餌。この三点で一本立つ。問題は、書き手がその三点を信用しきれず、検疫や仕分け網の説明で場面を水増しし、最後に「見られない世話こそ地金なのだ」と主題を直叙してから慌てて打ち消す、その自己保身の手つきだ。この語り手は数値で生きている人間のはずなのに、肝心の場面で測る手つきが省かれ、概念のほうが先に出てくる。職業エッセイは、職業の手つきが嘘になると全部が嘘に見える。
「見られない水槽の世話こそ、この仕事の地金なのだ——と、ここまで書いて、私は手の中の餌の缶を見た。」
このエッセイのいちばんの病巣。主題を地の文で言い切ってから、ダッシュで「と、ここまで書いて」と引き戻す。直叙して、すぐ照れ隠しに動作を足す——この二段構えがいちばんずるい。直叙を打ち消せば直叙が許されるわけではない。「地金」という単語が出た時点で、読者が自分で見つけるはずだったものを作者が先に名づけてしまっている。動作(計量スプーンをすり切りに直す)だけ残して、「地金」の一文はまるごと消すべきです。
「倉庫の照明はタイマーで点いて消えるだけで、誰も覗き込みに来ない。」
「誰にも見られない場所で点いて消える照明」は、孤独や匿名性を安く調達する既製の叙情装置です。しかも倒産フロアの餌タイマーは前作(リースの、引き上げ)ですでに効かせている。同じ装置の使い回しで、こちらでは情緒のためだけに灯っている。九年やっている人間が倉庫で本当に気にするのは、照明そのものではなく、消灯時刻と給餌タイマーがずれていないか、点灯中に水温が何度上がるか、のはずです。雰囲気が観察より先に立っている。
「四回、別の名前で呼ばれたかもしれない。あるいは、呼ばれなかったかもしれない。」「たぶん私は、見られているかどうかで世話の量を変えたくないのだと思う。」
「呼ばれたかもしれない/呼ばれなかったかもしれない」は前二作の結びの型をそのまま流用していて、三作目で型が透けています。さらに悪いのは「たぶん〜なのだと思う」。この語り手はラベルの裏に正の字を刻む人間です。回数を数える人間が自分の動機だけ「たぶん」「と思う」で濁すのは、人物の心理ではなく、断言を避ける作者の保険に見える。数える人なら、変えたくない理由も数えで答えるはずです。
「だから新しく来た魚は、いちばん端の小さな水槽で、二週間ひとりで泳ぐ。私は毎日その水を測りに来て、白点が出ていないか、鰭が溶けていないかを見る。」
検疫の説明としては正しいが、これは手順書であって観察ではない。「白点が出ていないか、鰭が溶けていないか」は教科書の症状名で、実際にその水槽の前にしゃがんだ人間の目ではない。本当に見ているなら、白点が出る前の予兆——体を砂利に擦りつける動き、いつもより一拍遅い反応、餌への食いつきの鈍り——が一つ出るはずです。症状名を並べた瞬間、語り手は水槽の外に立ってしまう。
「アンモニア、亜硝酸、水温。それだけが、私がこの魚たちのために知っていられることの全部だ。」
これは主題の言い直しです。「私が知っていられることの全部だ」は、すでに本文の動作(測る、ラベルを足す、鍵を閉める)が示し終えていることを、抽象語でもう一度なぞっている。三つの数値を並べて「それだけが全部だ」と断ずる構文は、感傷を一段引き上げるための既製の決め台詞で、ムロイカズキである必然がない。動作で終われるところを、わざわざ要約に着地させている。
「サイズ別の仕分け網で、私は魚をすくい分ける。大、中、小。網の目の大きさが、行き先を決める。」
「網の目の大きさが、行き先を決める」は字面が決まりすぎていて、かえって嘘くさい。実際の仕分けは、網の目で大中小に分かれるほど単純ではない。同じサイズでも気の強さで分ける、群れる魚は数で組む、底物は別建てにする——その判断こそがこの人の腕のはずです。網の目という一つの基準に運命を仮託する比喩は、職業の手つきを一行のレトリックにすり替えている。地金は比喩ではなく、すくい分けの迷いのほうにある。
「ストックの魚には、次の派遣先がない。」
この一文は、派遣社員の話にも、倉庫の在庫の話にも、保護施設の動物の話にもそのまま置けます。「次の派遣先がない」と言い切った瞬間、これは魚の話ではなく、何かの寓意の入れ物になる。魚を寓意にした瞬間、ムロイカズキが九年かけて見てきた個別の水槽が消える。次の派遣先がないことを、概念で言うのではなく、ラベルの日付が更新されないまま増えていく、という事物で見せるべきです。
残すべきは四つ。ラベルの裏に正の字で刻む派遣回数、倉庫の時間に育って行き先を失った大型魚、減らそうと思って減らさない餌、そして測る数値(アンモニア・亜硝酸・水温)そのものの手つき。削るべきは、タイマーの照明の情緒、留保語尾、「地金」の直叙とその照れ隠し、そして「知っていられることの全部だ」の要約的結び。改稿では、見られない世話の話を一言も主題として言わず、検疫水槽で出る前の予兆を一つだけ具体的に見て、大型魚の餌を減らさない動作で終わってください。意味は動作と数字が運ぶ。地金は、名づけた瞬間に錆びる。