ムロイカズキ(33歳・水槽メンテナンス業9年)
会社の倉庫に、ストック水槽が並んでいる。受付やロビーに置く水槽とは違って、ここの水槽には客がいない。契約先から引き上げてきた魚、補充用に仕入れた若い魚、調子を崩して隔離している魚。倉庫の照明はタイマーで点いて消えるだけで、誰も覗き込みに来ない。私はここに、巡回のない日に来る。
ストックの魚には、次の派遣先がない。受付の水槽の魚なら、その会社にいるあいだは行き先がある。けれどストックの魚は、ただ大きさを保ちながら待っている。水温二十六度、餌は一日一回、ガラスにラベルが貼ってある。「2025-11 A社引上」「補充用 デバ 6」「検疫 12/3まで」。ラベルの日付だけが、その魚がいつからここにいるかを教えてくれる。
引き上げてきた魚は、すぐにはほかの水槽に入れない。検疫がいる。病気を持ち込めば、ストック全体が止まる。だから新しく来た魚は、いちばん端の小さな水槽で、二週間ひとりで泳ぐ。私は毎日その水を測りに来て、白点が出ていないか、鰭が溶けていないかを見る。誰にも見られない水槽の前で、私はいちばん丁寧に手を動かしている気がする。
営業が新規契約を取ってくると、私は派遣チームを組む。水槽のサイズと魚のサイズのバランスを見て、種類を選ぶ。大きすぎる魚を小さな水槽に入れると、そいつが水槽の主みたいに威張って、ほかの魚が隅でじっとしてしまう。逆に小さすぎる魚ばかりだと、広い水槽のなかで全員が物陰に隠れて、客から見える水が空っぽになる。サイズ別の仕分け網で、私は魚をすくい分ける。大、中、小。網の目の大きさが、行き先を決める。
何度も派遣されたベテランの魚がいる。A社からB社へ、B社からまた倉庫へ、そしてC社へ。伝票の上では「補充」と「引上」を繰り返しているだけだが、同じ個体だとわかるのは私だけだ。ラベルの裏に、私は小さく回数を書いている。正の字で、四本。この魚は四つの会社の受付を泳いで、四回、別の名前で呼ばれたかもしれない。あるいは、呼ばれなかったかもしれない。
行き先のない魚もいる。ストックのまま大きくなりすぎて、どの水槽のチームにも組み込めなくなった個体だ。引き上げてきたときは普通のサイズだったのに、倉庫の水槽で餌だけは規則正しく食べて、客のいない時間のあいだに育ってしまった。大きすぎる魚は新しい水槽で威張るから、もう派遣には出せない。倉庫のいちばん大きな水槽に、そういう魚が何匹かいる。私はそいつらの餌の量を、少し減らそうかと毎回思って、結局、減らさない。
倉庫の水槽は、誰にも見られない。客もいない、社員もいない、タイマーの照明だけがついて消える。それでも私は、コケを落とし、試薬を振り、ろ過材を揉み洗う。見られない水槽の世話こそ、この仕事の地金なのだ——と、ここまで書いて、私は手の中の餌の缶を見た。そして計量スプーンを、もう一度すり切りに直した。
たぶん私は、見られているかどうかで世話の量を変えたくないのだと思う。受付の水槽も、検疫の水槽も、行き先のない大型魚の水槽も、測る数値は同じだ。アンモニア、亜硝酸、水温。それだけが、私がこの魚たちのために知っていられることの全部だ。ストックの魚に名前はなく、次の派遣先もない。私はラベルの日付を一行足して、照明のタイマーを確かめて、倉庫の鍵を閉める。