ナガサワコウタ(31歳・駅の遺失物係8年)
名前のわかる遺失物には、連絡欄がある。台帳の品名の右に、小さな欄が二つ。連絡欄と、受領のサイン欄。鉄道会社の控えと照合がつけば、登録された連絡先に電話がかかる。電話がついたら連絡欄にチェックを入れ、取りに来た人がサイン欄に名前を書く。八年、私はこの二つの欄を見てきた。
その通学定期は、四月の頭に届いた。券面に区間が刷ってある。瀬戸口から、星陵高校前まで。有効期限は翌年三月三十一日。定期入れの内ポケットに、生徒手帳の番号を書いた紙片が挟んであった。名前も、通う先も、毎日の往復も、一枚に揃っている。連絡先は控えにあった。私は番号を回した。
一度の呼び出しで繋がった。電話記録には呼び出しの回数を書く。三回で出れば「3」。この一本は「3」と書かなかった。一回で出たからだ。本人が「ああ、はい」と言った。お預かりしています、窓口までお越しください、と伝えた。「はい」と言った。連絡欄にチェックを入れた。日付を添えた。
一週間、棚の段は動かなかった。二週間、動かなかった。連絡欄にはチェックがある。サイン欄は空いている。同じ行の、隣り合った二つの欄が、片方は埋まり、片方は空いたまま並んでいる。台帳の上では、それだけのことだ。繋がった電話と、来ない人。一行のなかに、両方が記録されている。
定期入れには、残額が入っているはずだった。読み取り機にかざせば額は出る。かざさない。預かった物の中身を、私の判断で開いてはいけない。それが決まりだ。だから残額のことは、台帳に書かない。額の欄はない。
名無しの傘は、三か月で束ねて積む。誰のものでもないまま、本数になって消える。この定期入れは違う。瀬戸口から星陵高校前まで、と券面に刷ってある。連絡欄に私のチェックがある。記録の上では、いちばん早く繋がった一本が、いちばん長く、その段に残った。
保管期限の当日、引き取りのなかった物は引き継ぎ箱に移す。朝のうちに棚から外し、品名と番号を控えて、箱に入れる。その通学定期も、その朝、控えを取った。連絡欄、チェックあり。サイン欄、空白。受領の判はサインの上に押すものだから、空白のままでは押せない。私は箱に入れ、引き継ぎ書の本数を一つ増やした。
箱の蓋を閉じる前に、もう一度その行を見る。瀬戸口から星陵高校前まで。連絡欄のチェック。隣の、何も書かれていないサイン欄。二つの欄の字面を読み、番号を確かめて、蓋を閉じた。次の番号に移った。